発表会その2
白いタイツ&股間問題と、ものすごいバレエメイク問題を乗り越え、私達は午後のリハーサルに臨んだ。先生からはダメ出しが出たが、実は夜に備えてセーブしていたのだ。私ですら若手というメンバーなので、みんな体力が無い。私も含め、何人もが栄養ドリンクを持参していた。
第2部のリハーサルの自分の出番が終わって、着替えのために楽屋に戻ると、某雑誌編集長のYさんが青い顔をして横になっていた。以前から痛かった右足のすねが、リハの踊りで立てないほどに痛くなってしまったというのだ。
ただでさえ少ない男性メンバーの(私は男性がいないというのでYさんに接待までされてバレエをやることになった)Yさんがいないといろんなことが成り立たないのだが、立てないのだからしょうがない。とにかく病院だということで、舞台裏のお手伝いをしてくれていた教室の子供のお母さんにお願いして、ホールの裏の病院に連れていってもらった。もし折れていたらそれはその時考えること。
先生に状況を報告し、Yさん無しでリハをやった。みんなでYさんのことを心配し、そしてできれば戻ってきて欲しいと思いながら踊っていた。
全部のリハが終わって楽屋に戻ると、Yさんがいた。「レントゲン撮ったら、疲労骨折の一歩手前だけど、きょうは痛み止めでなんとか踊れるって」と言うので心底ホッとした。でも、一歩手前だからどこで折れるかわからない。
Yさんのおかげ、というと申し訳無いが、私はここでスイッチが入った。Yさんは、きっとものすごく不安なはずなのに、みんなになんとか大丈夫だと言って回っていた。なにがなんでもやるしかないし、もし舞台上で何かがあったら、私達がなんとかしなければならない。
そして舞台の幕が上がった。第1部は、他のクラスの上手な人たちが小品集を踊るのだが、その中に私を含めた男3人の白鳥があった。
あんなに開き直った感覚は久しぶりだった。この状態でやるしかないのだから、堂々と出てやろうと思った。
羽根をつけてチュチュを履いた私達が舞台に出ると、笑いが起こった。笑ってもらって本望だ。短いとはいえ、一回踊ったらしばらく喋れないぐらいハードな踊り。でも手を抜かずに必死に踊って、大きな拍手をもらった。細かいところを間違えたけれど、3人そろってのリハーサルができなかったのだから、我ながら上出来だ。
楽屋に戻ったら、女子チームの皆さんが「良かったよ~!」と駆け寄ってきてくれた。楽屋のモニターを見ながらみんな泣いていたらしい。つい私の目も潤んでしまったが、まだまだやることがあったので我慢して着替えた。
第2部は「くるみ割り人形」の1幕。私は客人として、あまり踊らないが舞台の上に立っている役だった。
実はここが一番心配であった。踊るのなら振り付けの通りにやればいいのだが、客人として自由に動いてね、というのがよくわからなかったのだ。
いろんな人が踊っている後ろで、その踊りを見ている人としてふるまう。リハのときから、プロのダンサーの方が「テレビの仕事は大変ですかー」とか、舞台の内容と関係無いことを話しかけてくれたりしたので、こんな調子でいいのかなと思って、とにかくパーティーに招かれた客として笑って動くことにした。
舞台の前を、夫婦で腕を組みながら歩いていく出だしのところで、私の相手の女性が自分のドレスの裾を踏んで軽くこけた。「今こけてしまいましたわ」と笑顔で言うので、私も笑顔で「そのようですね」と言いながら歩いた。どうせ聞こえないからと適当な会話をしていたのだが、本番は適当な会話のオンパレードであった。
ドロッセルマイヤー役のジュテーム中嶌さん(オヤジダンサーズのメンバー)が目にはめていた眼帯のひもが外れて、途中で落ちてしまった。女子チームのOさんが「ドロッセルマイヤーさんの眼帯が落ちました」と笑顔のまま教えてくれたので、私も「それは舞台の上に落ちていますか?」と笑顔で言いながら舞台上を見渡した。言っている内容はくるみ割り人形もへったくれもないのだが、どうせ聞こえないのだから楽しくやれればいいのだ。
リハで足を痛めた、Yさんの「ムーア人の踊り」が始まった。もうマイムどころではなかった。ほとんど観客の気持ちで「頑張れ、頑張れ」と口に出していた。痛み止めのおかげで痛みは治まったが、やはり足が動かなかった。そんな中でなんとか踊りを終えたので、みんなで「よくやったー」と言いながら拍手をした。あそこで客人が手を叩いていいのかどうか知らないが、私達の発表会だからいいや、という気持ちであった。
別の部屋に食事がありますよ、と言われて舞台から一旦去るところで、ゲストダンサーの方が毎回「きょうは焼肉ですよー」とか面白いことを言っていたのだが、本番は寿司であった。私達は「お寿司楽しみですねー」と言いながら舞台袖に入った。今思い出しても、みんなお調子者であった。そして楽しかった。だって、お客様はバレエを見ているのに、私達はこんなことを言いながら舞台の上にいたんだもの。
その後のことは、書き出すと長くなるので割愛するが、まぁあちこち間違えた。でも、間違えてもひるまず堂々とやれた。私だけじゃなく、仲間たちも堂々と踊っていた。
発表会はお祭りであった。高校の文化祭のような。でも、それを大人が真剣にやるから面白いんだと思った。仲間がいい踊りをするだけで泣けてきた。それは、この日までに同じ思いと同じ時間を費やしてきたからだ。こんな部活感覚って本当に久しぶり。
来てくれた友達が、ウソじゃなく「良かった」と口々に言ってくれて、心からホッとした。これだったら、メールをいただいた皆さんもお誘いすればよかったと思ったが、こういうのってやってみるまでわからないのだよねぇ。
人生何でも経験だなぁ。今後どこで役に立つかわからないけれど、思いもよらない経験値が上がった感じ。
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