アクロバティック白鳥の湖
「アクロバティック白鳥の湖」を観てきた。
私は、自分の肉体のみを使ってスゴイことをする人が好きだ。たくさんホームランを打つ人も、ものすごいシュートをする人もすごいと思うが、それよりも自らの体そのものを使ってすごいことをする人に惹かれる。だから、体操や新体操やフィギュアスケートが昔から好きだったし、自分でもやってみたりした。
バレエダンサーも同じような意味ですごいと思っていて、自分でやってみて改めてそのすごさを実感した。
この「アクロバティック白鳥の湖」は、白鳥の湖という有名なバレエが原案にはなっているが、バレエではない。人間技とは思えないことをする人が次から次へと出てくるが「シルク・ドゥ・ソレイユ」でもない。やっているのは広東雑技団のメンバー。つまりは中国の雑技だ。
中国雑技団というと、ものすごいけれど芸術的ではないというイメージを持っている人が多いと思う。実際私も、ちゃんと雑技団の公演を見たことは無いくせに、そんなイメージであった。
そのイメージは、おそらく間違ってはいなかったのだと思う。これまでの中国の雑技においては、大切なのはその技であって、舞台装置や音楽というのは添え物の扱いだっただろう。でも今回は、音楽の世界が独自の解釈で表現されている。ちゃんと音楽が意識されているし、技を見せて終わり、というものではなかった。
とはいっても、幕が開いた瞬間、うっかり笑いそうになってしまうような、おそらくヨーロッパの人であればこういう演出をしないだろうな、というものもある。でも、そういうことは見ているうちにどうでも良くなる。「シルク・ドゥ・ソレイユ」を芸術的だというなら、こちらはもっと大衆的でサービス精神にあふれているだけのことだ。
この公演の目玉は、主演の2人の信じられないパ・ドゥ・ドゥだ。公演ポスターにもなっているので書いても構わないと思うが、トゥシューズを履いた女性が、男性の肩や頭の上でポワント(つま先立ち)で立ち、片足を後ろに上げるアラベスクや、斜め前に上げるエカルテドゥヴァン、さらにはそこから後ろに反るといったポーズをとる。もちろん何の支えも無い。
そういうことをやるとわかっていて観に行ったのだが、目の前で見せられると鳥肌が立つほどの驚きであった。やっていること自体がものすごいのはもちろんだ。でも最もすごいのは、頭とか肩とかいう場所に片足で立っているのに、それがしっかりとした美しいバレエのポジションになっていることであった。頭の上でなくたって十分に美しいものが、人の頭の上で行われているのだ。
会場は満員であったが、バレエを知っている人が多いようであった。他にも山ほど驚くところはあったのだが、たくさんの人がこのポーズがいかに難しいかを知っている様子なのが、場内から沸き起こる歓声と拍手でわかった。
ダンサー出身である演出のジャオ・ミンさんは、パンフレットでこう述べている。
「雑技は一つひとつの技が大変難しく、一人の俳優を育てるのに10年から15年かかりますが、彼らは踊りを教えると1、2年で習得できる。反対だとそうはいきませんよね」
そりゃそうだな。雑技をやっている人の訓練はバレエとは違うが、バレエで要求される身体能力は、雑技の訓練によって得た能力の範囲内にあるということだ。
とりわけ、白鳥を演じるウ・ジェンダンは、最初からバレエをやっていたら素晴らしいバレエダンサーになっただろうなと思える身体であった。どんなに練習しても得られない、天性のしなやかな足のラインや、質の高い筋肉。バレエもどきではなく、バレエとして美しいから人の心を打つ。
雑技も全部すごかった。帽子を使ったジャグリング(あんなに移動するジャグリングは初めて見た)とか、柔らかいにも程があるでしょう、という軟体芸とか。パンフレットによると、この軟体芸をやっている女性は、アメリカ軟体協会から「軟体世界一」との称号をうけたのだそうだが、アメリカ軟体協会ってどういう団体なんだろう。
S席のチケットは安くはなかったのだけれど、観に行って良かった。このところ仕事が詰まっていて、ちょっと疲れていたのだけれど、なんだか元気が出た。明らかに頑張っている人の姿って、パワーがあるなー。
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