人は死ぬのになぜ生きるのか
寄る辺なき時代の希望 田口ランディ 春秋社
これは小説ではない。ランディさんがここ数年訪れ、出会ってきた人や場所のことが書かれている。テーマは老いであり、精神病であり、核(原子力)であり、水俣であり、訪れた場所は京都のグループホーム、スウェーデン、北海道のべてるの家、ベラルーシ、水俣、ほか様々なところだ。
すべて私がランディさんと知り合って以降のことで、私はそれぞれの場所や人のことをここ数年ランディさんから聞いてきた。それがどういう形で、どんな文章になるのかは聞いていてまったくわからなかった。
本の中には、私がお会いしたことのある人や、行ったことがある場所も出てくる。でもそのこととは別に、面白くて一気に読んだ。
この本に取り上げられているテーマは、ランディさんから話を聞いてどれも面白いと思ったけれど、本気で調べようとか知り合おうというところまではいかなかった。私には他に毎日の仕事があったし。でも、どの話もずっとひっかかっていた。田口ランディが興味を持ったものだからというファン意識とは違う。でも、何が違うのかがわからなかった。
宮城県の気仙沼に住む叔母を尋ねたのは去年の暮れであった。脳出血で倒れて寝たきりになった夫を27年介護している叔母から、病気のオンパレードだった私の子供時代の話を聞いた。母親や叔母としての苦労や心配を初めて知った。
同じ頃、友達が原因不明の難病にかかった。目の前に病気の人がいて、なんでもしてあげたいけれど何もできないという気持ちを初めて知った。叔母が言っていたのはこのことかと思った。
この本のそれぞれの章には、ランディさんの家族の話が出てくる。ランディさんは脈絡無くあちこちに行っていろんな人に会ったのではなくて、根底にはランディさんの父と母と兄のことがあるというのがわかる。
読んで思った。私がランディさんの話に何かひっかかりを感じて、でもそれがわからなかったのは、当事者性が違っていたからであった。ランディさんは大変な家族を持ったという当事者なのに対し、私は、家族に大変な思いをさせた方の当事者だった。そのことに、叔母に会ったり友達が病気になったことでようやく気づいたのだ。
大変な人を家族に持つと大変だけれど、家族に大変な思いをさせる人自身も大変だ。自分が大変な人は自分のことで手一杯で、家族の大変さには気が回らない。私の場合は、大変だったのが子供の頃だったので、自分の大変さにすら気づいていなかった。毎日生きていることを当たり前だと思っていた。
大人になってから入院したとき、かなり冷静に自分の状況が処理できた。入院中に自分の身に起こったことは、すべて自分で解決できたし消化できた。できないことは人に頼むということも含めてだ。周りの入院患者はもっと狼狽していた。私よりもずっと年上の人が。
何故冷静でいられたのか考えたことは無かったが、改めて考えてみたら、子供の頃大変な思いを経験したからという気がする。ただ、冷静とはいえ自分のことで手一杯で、家族の大変さに気が回っていないことには気づいていなかった。気を遣っていたが、家族のことはわかっていなかった。私は常に、自分の大変さの当事者であった。
ランディさんが興味を持ったものに、ひっかかっていても本気で関心を持てなかったのは、ランディさんの「家族」としての大変さがわからなかったからだと思う。ただ、ちゃんと自覚していなかったとはいえ、家族に大変な思いをさせてきた当事者だったので、なんだかひっかかったわけだ。
この本のサブタイトルは「人は死ぬのになぜ生きるのか」だ。こういう内容のメールをランディさんに送った人がいて、それがきっかけでこの本ができたそうだ。
他の人は違うだろうが、私は私の人生においては、この疑問に明確に答えることができる。「生かしてもらったから」だ。私一人の力だけでは、母親の胎内から出てきた3日後には血液型不適合で死んでいた。その後の人生においても、何度も死ぬかもしれない機会があった。死なずに生きていられるのは私の力じゃない。
私には何の目標もない。人生設計を立てたこともない。これは昔からだ。それが何故だか考えたこともなかったが、私は体でわかっていたのだ。私には今が一番大事だ。いつまで生きられるかわからないが、生かしてもらったのだから毎日をなんとか生きていくだけ。何かが衰えても、何かを失っても。
この本の中で、ランディさんが出会った人の言葉やエピソードが、私には違和感無く飲み込めた。全然違う人生で全然わからないんだけど、不思議に違和感が無かった。
ランディさんはわからなくて考え続けている。もちろん私もわかるわけじゃない。この本に出てくることなど知らないしまったくわかっていない。でも、根底にあるものが飲み込める気がするのだ。なんというか、自分は自分ひとりで生きているんじゃないということを、頭だけじゃなくて体や人生をひっくるめて全部でなんとなく飲み込んでいるような感じ。この言葉じゃ全然足りないんだけど。
読んでいない人には何の話だかさっぱりわからないかもしれないが、自分自身が忘れないために書いている日記なのでご勘弁いただきたい。
とにかく、面白い本でしたよ。
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