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2007年2月

子供の生活力が落ちている

 もう何年も「こども放送局」の仕事をしている。この番組のいいところは、出演する子供たちが劇団の子ではなく普通の子で、当日は立ったり座ったりという段取りのリハーサル以外は何もやらないところだ。

 生放送なので、きれいに番組を終えたかったら、子供を含めたリハーサルをしたらいいのだけれど、番組のポリシーとして「生の子供の反応が一番大事」というのがあるので、それは絶対にやらない。私もそこが好きでこの仕事を続けさせてもらっている。

 とはいえ、子供だから本番で何をやりだすかはわからない。大人の頭で考えたことを超えた間違いをしたりする。子供に罪は無い。これぐらいの説明でわかるだろう、と考えたこちらの頭が固かっただけだ。
 間違っている子供がいたら、その子のところまで立って歩いていき「いま○○くんはこうやっちゃったけど、こうすればうまくいくよね」と一緒に修正する。スタジオの4人の子供のうち1人が間違えたとしたら、全国でこの番組を見ている子供の10人ぐらいは間違えるかもしれないからだ。

 その分時間がかかるが、放送時間は限られている。今使った時間をどこで取り返すかを、生放送をやりながらものすごく考えるので、仕事中は頭が回りっぱなしになる。毎回終わると「はぁーっ」とため息が出るけれど、楽しいか楽しくないかと聞かれたらものすごく楽しい。

 ただ、ここ何年か、子供が不器用になっていくのが気になっていた。想像していなかったところに時間がかかるのだ。はさみで切る、紙を折る、ひもを結ぶ、といったこと。
 最初は個人差かと思っていたが、ここ数年で個人差の域をとっくに超えていることがよくわかった。早い子は稀にいるが全般的に遅い。遅いというよりもやり方がわかっていない。つまりやったことがあまり無いのだ。

 今回は「シャーペンの芯で電球を作る」という内容であった。途中、コルクにゼムクリップを刺すところがあり、コルクが固くて刺さらない場合はキリで少し穴をあけましょう、と説明した。
 小学4年と5年の男女2人ずつだったのだが、4人ともキリの使い方を知らなかった。持ち方も違うし、キリを回すということを知らなかった。

 私は隣にいた女の子の後ろに行き「○○ちゃん、キリはね、立てて使うんだよ」と言いながら、正しいキリの使い方を教えた。結果的にここでかなりの時間を使ってしまい、予定していた実験を2つカットした。

 他にも、エナメル線の端を削って目玉クリップに繋げる、というところで、エナメル線は削ってあったけれど、括りつけたところが削っていない部分だったりした。エナメル線を削ることは理科の授業で知っているけれど、何のために削っているのかがわかっていない様子だった。削れと言われたから削っているだけ。

 家庭でも学校でも、はさみを使ったり紙やすりで何かを削ったり擦ったり、キリで穴をあけたりする機会が無くなっている。一方で、毎回子供たちに「何か習い事してる?」と尋ねると「塾とピアノとスイミング」なんていう答えが普通に返ってくる。公立の小学校の子供でこういう状態だ。
 はさみやキリなど使わなくても困らないし、そんなことをやっている時間は子供には無い。

 番組の後反省会をやるのだが、今回あらためて「子供の生活力が落ちている」という話になった。不器用になっているのではなく、地味だけれど大切な生活の経験が無くなっている。
 私は子供がいないので偉そうなことは言えないのだけれど、もし小学生の子供がいる方がここを読んでいたら、一度子供に「コンパスで円を書いてはさみで切り抜く」「1センチのコルク(もしくは木)の半分ぐらいまで穴をあける」「紙飛行機を折る」といったことを、事前にいっさい教えずにやらせてみてはどうだろう。おそらく、あまりにできないので驚くと思う。

 紙飛行機は女の子だったら折れなくてもいいじゃないかと思われるかもしれない。でも、紙を定規を使わず半分に折る、というのが紙飛行機の基本なので、これができないと大人になってから事務作業に困るはず。

新体操日本選抜チームの新しい演技

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 新体操日本選抜チームの新しい演技ができあがり、曲をつけるというので見に行った。作品を見に行くというのもあるが、音楽担当の古川さんや坂本さんとはなかなか会えないので、こういう機会に会いに行くのだ。

 音楽の話の前に「学校へ行こう!」の話。佐賀女子の団体の曲は古川さんが作ったものだが、2分半の演技をまるまる放送していたことにやはり驚いていた。坂本さんと一緒に音楽の仕事をしている栄田さんは佐賀女新体操部の卒業生で、私がドキュメンタリー取材をしたとき2年生だった。お互い「あの体育館懐かしいね~!」と言い合ってしまった。

 新体操の団体は2種目演技をやる。単一の手具(5人が同じものを持つ)の演技と2種類の手具の演技で、今年は単一手具がロープ×5、複数の手具は昨シーズンに続いてフープ×3とクラブ×4(クラブは2本でひと組なので4本で2人分)だ。

 佐賀女の演技の最後に入っていた、3本のフープを1本のクラブで繋いでそこを人がくぐる、というのは、世界的には日本チームのオリジナル技になっている。五明先生は全国各地の高校の作品の構成を手がけていて、作ったものの中から「これはいける」と思ったものを、その学校の許可を得て日本選抜チームの構成に取り入れることがある。ただしそのままではなく、アレンジが加わっている。
 上の画像は、シャッターチャンスが悪くてなんだかぐちゃっとしているが、ロープの最後に出てくる、どうやったらこんな形が思いつくの? という面白い動きのところ。これもある高校の作品に入れたものの発展形だそうだ。

 フープとクラブの作品では、オープニングにあの輪くぐりが出てくる。去年の作品では最後の目玉だったのだが、今年は「まず一発インパクト」ということで最初になった。最初に出しちゃってもったいない、と思った人もいたそうだが、後半から予想を超える動きがどんどん出てきてあっという間に終わる。思わず手を叩いて「おもしろーい!」と言ってしまった。
 五明先生は面白い技に名前をつけるのだが、今年は「フライ返し」「ぐるん」とかヘンな名前ばっかり。でも見ると「あぁ~!」という感じだ。私が見ている間にラストのポーズができたのだが、それも普通はそこでそういう動きにはならないでしょう? という形になっていく。五明先生の頭の中はどうなっているんだろう。

 そして今年は曲がとてもいい。毎年、古川さんも坂本さんも数え切れないほどのCDを聞いて曲を探す。合う曲を探すというのは大変なことで、去年のリボンは一度作ってまた変えたりした。今年は2種目とも、五明先生が聞いて「これ!」と決まったそうだ。

 9月にギリシャで開かれる世界選手権で10位以内に入れば、北京五輪の出場権が得られる。新しいメンバーが入ってチームの雰囲気も良くなったし、曲も作品もとてもいいので、いけるんじゃないか、という気がする。もちろん簡単なことじゃないけれど、そうなってほしい。

「学校へ行こう!」に佐賀女子高校新体操部

 佐賀女子高校にV6がやってきた、というのはコーチの横川先生のメールで知っていたので、きょうの放送をとてもとても楽しみにしていた。もし飲みの誘いがあったら断ってでも見ようと思っていたが、八戸に行く前にひいていた風邪がなかなか治らなかったので普通に家で見た。

 佐賀女子高校の新体操部のことはもう何度も書いている。今から15年前、私が新人アナウンサーだったときに初めて自分で企画を出して取材したところで、初めてディレクターとしてドキュメンタリーも作った。以来、毎年インターハイには極力行っている。応援に行くという意味もあるのだけれど、何より今年はどんな演技なのかが楽しみで行く。とにかく佐賀女の作品は毎年面白いのだ。

 佐賀女の演技がなんでまたそんなに好きなのか、言葉でいくら書いても伝わらないと思ってあきらめていた。でもきょうの放送は、2分半の団体の演技をまるまる放送していて、私が伝えたかったことがほとんど出ていた。団体の演技を全部放送するなんて、試合でもない限り普通はあり得ないのだが、全部見ないと佐賀女の本当のすごさはわからないのだ。

 新体操を知らない人が見てもすごいと思えるのが佐賀女の演技だ。やってもそんなに点数にならないような難しいことを次々にやり、見ていて本当に面白い。インターハイで唯一会場がどよめくのが佐賀女の演技。
 ロケに行ったV6の坂本さんや森田さんも相当驚き感激していたが、スタジオで見ていた皆さんが心から驚き「すごいすごい」と言っていて、あぁ見てもらえて良かったと思った。私はこれに惚れ込んでドキュメンタリーを作ったのだから。

 横川先生のメールに「タレントのプロ根性を見た気がします」とあった。坂本さんも森田さんも、その日に行ってこの技はできないだろう、というものに挑戦し、見事成功していたので驚いた。2人で輪をくぐるなんていきなりやるのは絶対に無理だ。運動神経がいいのはもちろんだけれど、ちゃんと真剣にやっていたんだと思う。

 「学校へ行こう!」とか「笑ってコラえて!」とか、地方のごく普通の人が出てくる番組が好きだ。芸人さんが出てくる番組も面白いけれど、私はごく普通に生きている人の力や温かさが出ている番組が好きで、それは番組の作り手に愛があるのが伝わってくるからなんだと改めて思った。
 佐賀女の体育館には数え切れないほど通い、練習もたくさん見た。だから、今回の佐賀女のロケを見て、取材をする側が学校にも生徒にもなんにも無理を言っていないのがよくわかった。作り手に愛があるのだ。

 かつて自分が取材したところが、とてもいい形で全国に伝わるのって、とても嬉しい。それを自分がやれたら良かったのだけれど、生徒にとっても私が行くよりV6が行った方が嬉しいだろうから別にいい。とにかくいい番組だった。なんにも関わっていないけど嬉しいな。

八戸名物せんべい汁

 引き続き八戸で取材。

 きょうの取材のメインは、八戸名物のせんべい汁だ。といっても、私は食べたことも無ければ見たことも無いし、そもそもそんなものがあるのを知らなかった。
 八戸をはじめ、南部地方には「南部せんべい」という名物がある。南部せんべいは青森市をはじめ津軽地方でも普通に売られているので、私にとってせんべいといえば南部せんべいだ。ただ、そのせんべいを汁に入れるなんてやったことが無い。だってせんべいだもの。

 地元の人にとっては当たり前だけれど他の地域では知られていない食べ物が、最近どんどん発掘されている。北海道なら豚丼とかスープカレーとか、長野ならローメンとか、静岡なら富士宮焼きそばとか。
 八戸のせんべい汁もそういう食べ物だ。地元では家で当たり前に作っているのだけれど、あまりに当たり前&わざわざ紹介するほどの料理でもない、という理由で知られていなかった。

 このせんべい汁を広めようと活動しているのが「八戸せんべい汁研究所」の皆さん。略して「汁研(じるけん)」だそうだ。アハハ。

 南部せんべいには、ごまが入っていたり落花生が入っていたりといろいろバリエーションがある。私は子供の頃から落花生入りが好きだったが、何も入っていないプレーンなものも素朴な味わいがある。
 せんべい汁に入れるせんべいは、おやつとして食べるものとは違っていて、汁の中に入れてもぐにょぐにょにならない。食感の表現としては「アルデンテ」だと汁研の方に教えていただいたが、食べてみたら本当にそんな感じであった。せんべいが汁を吸って、噛むとじわーっと出てきて、食べごたえがあっておいしい。

 もともと南部せんべいは小麦粉と塩でできている。こねりゃ団子だし切ればうどんだ。それがここではせんべいになっている。だから汁物に入れたって不思議は無いということだ。

 地元のラジオのパーソナリティーの方がせんべい汁の歌を作ったところ(しかも振り付き)県内で話題になり、とうとうCDが全国発売になってしまった。「好きだDear! 八戸せんべい汁(歌:トリオ★ザ★ポンチョス)」はテイチクより絶賛発売中。

 しかし、八戸って人がみんな温かくてちょっとゆるくて楽しかったなぁ。また行きたい。

八戸のえんぶり

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 「YAJIKITA ON THE ROAD」の取材で青森県八戸市にやってきた。「えんぶり」というお祭りの取材だ。

 この番組では去年の夏、青森県黒石市の「黒石よされ」というお祭りに行った。青森県出身だから名前は知っていたがどんな祭りかは知らなかった。参加してみて、なんていいお祭りなんだろうと思ったものであった。

 「えんぶり」も同じ。名前は知っていたがどんな祭りかは全然知らないまま行った。一応資料は読んだのだが、特にお祭りは、とにかく行ってみなければなんにもわからない。
 大体にして、八戸に行くこと自体二度目であった。一度目は小学校の遠足。覚えていることといえば、ウミネコの繁殖地として知られる蕪島というところで、島に入るなりウミネコにふんをひっかけられたことぐらいだ。

 私はいつも飛行機で青森に帰っているので、東北新幹線の終点まで乗るのも初めて。東京からほぼ3時間だから、東海道・山陽新幹線なら岡山ぐらいか。3時間で八戸に行けるというのは昔から比べたら夢のようなことなのだが、日頃3時間も電車に乗らないから結構疲れた。

 「えんぶり」というのは豊作祈願の行事。太夫と呼ばれる、烏帽子を被った男性の踊りを筆頭に、祝舞や子供たちの舞が披露される。地域の大人から子供までが、踊り手になったりお囃子を担当する。この集団を「えんぶり組」といい、現在八戸市やその周辺には30以上の組がある。

 えんぶりでは、舞うことを「擦る」という。そもそもえんぶりという名前は、田植えの前に土をならすために使う「えぶり」という農機具からきている。舞の動きにも田植えの所作が入っていて、見ていて面白い。

 全国的に、祭りに参加する子供が少なくなっているが、このえんぶりでは子供たちをたくさん見かけた。どの組でも、子供たちが衣装を着て、数々の祝舞を一所懸命に披露していた。祭りの期間中、えんぶり組は市内を回り、家や商店で舞を披露してご祝儀をもらう(門付けという)。だから、大人も子供も朝から晩までひたすら舞っているし、市内のあちらこちらからお囃子が聞こえてくる。

 市役所前の広場での取材を終え、ひょっとしたらえんぶり組がいるかも、と思って繁華街の屋台村に行ってみたら「さっきまでいたのに」ということであった。まぁ明日も撮影はできるので、そこで取材を終え、食事がてらお店に入ってビールで乾杯した。
 しばらく飲んでいたら、えんぶりのお囃子が聞こえてきた。飲食店の中には、地元のえんぶり組に時間を指定して来てもらうところが多いそうで、隣の店にやってきたのだ。
 家を回るのは夜8時までと決められているそうだが、本当にその時間まではえんぶり組が市内を回っている。狭い路地だったので、私はかぶりつきで男の子の大黒舞を見た。朝から踊り続けているのに全然手を抜いていなくて、その様子を同じ組の大人たちや飲み屋のお客さんたちが温かく見つめていて、あぁ、これって地域の祭りの原点だよなぁと思った。

 八戸にこの祭りが残っているのは、もちろん残そうと努力しているたくさんの人の力があるのだけれど、一番は人々の豊作を願う思いの強さだそうだ。

 青森県の太平洋側、南部地方には、夏でも海からの冷たい風が吹く(やませ、という)。この風のせいで稲は実らず、飢饉もたびたびあった。
 やませについては小学校のときに社会科の授業で習った。毎年のようにテレビのニュースで、作物の冷害が報じられている。豊作を願う気持ちは昔も今も切実なのだ。

 こう書くと厳しくてつらい祭りのようだけれど、だからこそ人々は、明るいお囃子で祝舞を披露する。見ていて飽きなかったし気持ちが温かくなった。

 黒石よされのときにも思ったけれど、出身県だからこそ、こういう取材が無かったらおそらく一生行くことは無かっただろう。そして出身県だからこそ、知ることができて良かったと思うのだ。

確定申告で思うこと

 確定申告の書類ができた。こんなに早くに仕上げるなんて信じられない。自分で自分を褒めてあげたい。ここ数年、期限内に提出できたことが無かったのだ。

 会社員の方にはわからないことだろうが、独立すると誰でも自分の所得を自分で申告し、税金の額を確定しなければならない。そんなに難しいことじゃないのだが、不精な私にとっては「えいやっ!」という気合いの要る作業。

 申告の期限は3月15日までと決まっているが、私が何故期限を守らなかったかというと、税金を払う申告ではなく、払った税金が戻ってくる申告だったからだ。私のような仕事は、いただくギャラからあらかじめ1割が源泉徴収税として引かれているので、ある程度の額をすでに納税していることになる。
 確定申告で、自分の収入から必要経費を引いて、実際の所得を確定し、その所得にかかる税金を計算して申告する。だから「確定申告」というのだが、払うべき税金よりも、すでに納税した税金の方が多ければ戻ってくる。

 これを還付申告というが、還付申告はすでに税金を納めているので、期限が5年ある。税金は払っていなければ厳しいが、多く払っている場合はゆるいということ。まぁ払ってるんだから当たり前か。

 国会図書館では2年間会計課にいた。その頃は大きな計算機をブラインドタッチで叩いていた。作業自体が苦手なわけではないのだが、今になって改めて、あれって仕事だからできたんだなーと思う。
 あのときの仕事に比べれば、確定申告なんて頑張れば一日でやれることなんだけど、好きじゃないから見ないようにしていただけのこと。

 なんか気持ちがスッキリした。慌てていないから申告書もいつもより丁寧に書けた。国税庁のホームページでは、数字の入力だけで書類ができるのだけど、やってみたら入力が面倒で、結局手書きで作った。
 たいした税金を払っているわけじゃないんだけど、もしこの税金をちゃんと医療に使ってくれるなら、もっと払ってもいいと思った。

 イギリスにいるやぶこと藪本さんがブログにこう書いていた。

この国は、消費税が17.5%。今、1ポンドが換金手数料を入れると250円に近い感覚。2倍以上のモノの値段。だけど、医者にかかってみて、こういうところにお金が回っているんだーと実感する。

 なんでやぶがこんなことを書いたかというと、一時的に滞在している外国人の自分の医療費が無料だったからだ。

 イギリスの医療システムが手放しでいいというわけではない。サッチャー政権のときに医療を合理化しようとして、結果的に医師がやる気を失ってしまった。でも、無料というシステムは維持されている。誰がいつ病気になるのかわからないから、病気については社会全体で面倒を見る、というシステムだ。

 日本の医療制度は、病気になったら自分で面倒を見てくださいね、という方向にどんどん動いている。歳をとっても入れる保険のCMが大量に流されているが、これはアメリカの市場開放要求を受け入れて規制が緩和され、外資系の保険会社が日本に進出したからだ。

 医療費を国が負担していては保険会社が儲からない。だから医療費の自己負担率がどんどん増えた。社会の高齢化に伴い老人医療費が増えるというので、平成20年からは「後期高齢者医療制度」というものが導入されることになった。75歳以上の人は、働いていようがいまいが別に保険証を作らされ、その保険料は都道府県によって決められることになった。

 細かく書かないけれど、この保険制度や、老人が入院できる病棟を減らす政策をトータルで考えると、お金の無いお年寄りは家で死んでくださいね、と言っているように思える。病気のお年寄りを抱えたお金の無い家は、どうぞ家族もろとも破綻してくださいね、とか。これって大げさな言い方じゃない。本当にそういう仕組みになっている。だから私は、自分の親が歳をとってゆくことが不安で仕方が無い。国は長く生きてきた人の面倒をちゃんと見る気が無いのだから。

 今日の国会では、野党の皆さんが「格差社会」について質問していた。野党の質問の仕方はまだまだ甘いと思うけれど、それよりも安倍総理の答弁に呆れた。細かく覚えていないが、格差があるので「あれば」、パートから正規雇用に移りたい人がいるので「あれば」、ばっかりであった。

 私が国会にいてヤジを飛ばすとしたら「お坊ちゃま!」だなと思った。「あれば」じゃねーよ、あるんだっつーの。
 まぁ、安倍さんに格差を理解してもらおうという方が無理だと思う。そういう育ちじゃないんだから。だから私はこの政権を支持しない。じゃあどの党かと聞かれたら悩むけれど、それでもこの政権は支持しない。今度の選挙でうっかり勝ったら、調子に乗って憲法を変えるそうだから、とりあえず支持はしない。

 憲法について考えることを否定はしない。ただ、苦労を知らないお坊ちゃまに勝手に変えて欲しくないだけ。憲法について語るなら、何度か選挙を戦い、自分の政策が本当に支持されていると認識してからにしてほしい。あなたが今その場所にいるのは、ウソつきだった小泉さんのおかげで、しかもあの選挙のときに小泉さんは「郵政民営化」しか言わなかった。それなのに、医療制度をひどいものにし、教育制度に手をつけ、今度は憲法を変えるそうだ。

 大体にして、安倍さんに教育を簡単に語って欲しくない。成蹊エスカレーターで受験勉強すらしてないんだし。森永製菓の創業家に生まれた奥さまは聖心エスカレーターで、なんでだか知らないけど大学には行かず聖心の専門学校に行き(大学に行く必要が無い、つまり家事手伝い志望の人が行くそうだ)、専門学校から電通に就職。私も専門学校卒の学歴で電通に入ってみたいものだ。っていうか入れるんだね。

 私はこの夫婦に簡単に教育について語って欲しくない。あなたたちが受けた教育はとてもとても恵まれていただろうけれど、その価値観をそっくりそのまま公立の学校に持ってこられてもどうしようも無い。そしてその価値観の延長線上で憲法を変えて欲しくない。

 誰がアナタにそこまでやっていいって言ったっけ? 誰がアナタに「戦後レジーム」とやらを変えてくれって頼んだっけ? っていうか戦後レジームって何だ? 戦争に行ったわけでもなく、戦中戦後を通じて経済的に何の不安も無い家に生まれ育ったアナタに、戦後を生き抜いてきた人の何がわかるんだ?

 まぁそういう感じ。ひがんでるわけじゃなくて、勝手に国の根幹を変えて欲しくないだけ。

圧力鍋はやっぱりいい

 はなまる「圧力鍋」オンエア。

 自分でやりたいと言った企画なので、何をやろうかずいぶん考えたが、持っていない人や持っていても使っていない人が多いので、レシピよりもまず鍋の実力を知ってもらおう、ということになった。圧力鍋はもっといろんなことができるが、今回はとりあえず簡単なものばかりだ。

 なんにせよ使ってみるのが一番いい。私の鍋なんてドンキで買った4千円ぐらいのものだが、立派に働いている。

 家に帰ったらファックスが届いていた。母からであった。そういえば正月に帰ったとき「圧力鍋は持っているけど面倒で使っていない」と言っていたっけ。
 「使い方がわかったような気がします」とあり、イワシを煮たり鶏肉とキャベツを煮たりして、どっちもおいしかったそうだ。それはよかった。

 自分のコーナーが終わったあと、はなまるカフェのゲストの加藤たか子さんが圧力鍋について熱く語っていて驚いた。本当に偶然だったのだ。でも、使っている人ならわかるわかる、という感じ。玄米は炊いたことが無いが、一度炊いたらクセになるらしい。白米を炊くと、お米のひと粒ひと粒がもちっと立っているような炊き上がりになる。
 それから、野菜をごろごろと大きく切ったカレーや煮物もオススメ。じゃがいもやにんじんがものすごく甘くなる。

 鍋がジャマ、という人もいるだろうが、私はこのごろほとんどの煮物を圧力鍋で作るようになり、それまで使っていた小鍋を使わなくなった。圧力鍋で作ったものを小鍋に移したりする位。
 一番変わったのは、台所が片付くようになったことだ。料理を作ると、とりあえず温かいうちに食べたいので、台所を片付けないまま食べる。夜だったりすると一緒にビールを飲むので、なんとなく片付けが面倒になり、食べ終わった食器や料理に使ったものをとりあえず水に漬けておく、というのがしょっちゅうであった。

 圧力鍋だと、加圧している間やることが無いので、それまでに出た洗い物をなんとなく洗ってしまう。出来上がった料理を食べ、食器を片付けようと台所に行くと、シンクに何も無いのでつい勢いで洗ってしまう。せいぜい食器が2つか3つだし。

 というわけで、圧力鍋を使うようになってから、ずっと台所まわりが片付いている。これは我ながら面白いことであった。今のところいいことだらけ。

ラーメンズ

 ラーメンズのライブに行った。

 ラーメンズのチケットは本当に取れないそうなのだが、知人が取ってくれた席はなんと前から3列目であった。DVDで見ただけで生で見るのは初めてだったのでとても楽しみにしていた。

 楽しみにしていたのだが月曜から軽い気管支炎になってしまい、薬で快方に向かってはいたがまだ咳と鼻水が止まらない状態であった。マスクをかけ、手にはティッシュを握り締めながら見る羽目になった。

 ラーメンズのことを知らない人でもマックのCMなら見たことがあるであろう。マックとパソコンの2人が会話するやつ。あの2人がラーメンズだ。

 ラーメンズのことを説明しようとしてもうまくいかない。お笑いでもないしコントでもないし芝居でもないような。そしてこの面白さはやっぱりライブで見るのが一番だ。ライブのDVDも出ているのだが、ある時からカメラの台数が増えて、やたらとカットが切り替わるようになって、それが面白さを半減させていた。ラーメンズって2人いるから面白い。たとえ一人が座っているだけで何もしていなくても(実際にそういうネタがあるが)両方が見えないと面白くないのだ。

 ネタとネタの合間に咳をし、鼻をかみつつ大笑いして見た。笑うと涙が出るので余計に鼻水が出る。一緒に見たみずえさんやミッシェルには「ちゃんと合間に合わせて咳してたよねー、さすがプロ」と言われたが、それはアナウンサーの技量と関係が無いような。

 しかし面白かったなー。くだらないことに哲学があるんだな。すばらしい。

テレプシコーラ大特集

 「ダ・ヴィンチ」の「テレプシコーラ大特集」を読んだ。毎月買うわけじゃないんだけど(ごめんなさい編集長Yさん)今月は買った。

 この漫画が無ければ私はバレエをやることなど無かった。そしてバレエをやったおかげで、描かれているバレエの世界がどれだけ厳しいものかが想像できるようになった。それでも、千花ちゃんがあんなことになるなんて思ってもいなかったのでとてもビックリした。どんなことが起こったかは読んでいない人にはネタバレになるので書かないが。

 山岸凉子さんがものすごい漫画家だというのは疑いようのないことだけれど、山岸さんのインタビューを読んでいたら、作品を創り出す姿勢の厳しさと揺るぎの無さに言葉が出なかった。
 千花ちゃんの眠る顔が「それだけはどうしてもどう頑張っても描くことができなかったのです」というところで、涙は出なかったがぐっときた。立ち読みで済ますのがもったいないようなすごい話なので買ってよかった。

 「ハチミツとクローバー」が、作者の羽海野チカさんのデビュー作だというのを最近知った。デビュー作が、2度も掲載誌を移るという状況の中、確実に読者に支持され、アニメ化に続いて映画化もされるというのは、まず無いことだし幸せなことだ。

 「テレプシコーラ」の第一部完結に寄せて、と題して漫画家や作家の方のコメントが載っている。羽海野さんは、小さい頃山岸さんの「アラベスク」が好きだったことを明かし、30年経って漫画家になって、今度は「テレプシコーラ」に夢中になったことを書いていて、最後をこう結んでいる。

 「同じ職業に就いたことで、これがどんなに凄まじい事か、ぎりぎりと思い知り、味わっています」

 舞台に上がることが夢で、それを叶えられる人は限られているけれど、舞台の端に立ってみて初めて、舞台の真ん中で踊ること、そこで踊り続けることがどんなことかが見えてくる。マンガの世界をバレエに例えているが、同じことだと思う。舞台の上にはいろんな踊り手がいる。全員が真ん中で踊れるわけではない。かといって、その他大勢の踊り手の一員でいることも簡単なことではない。

 私の仕事を舞台に例えたなら、舞台上にはあまりにたくさんの人が立っていて、自分がどこで踊っているのかよくわからないという感じだろうか。そしていつまで立っていられるかもわからない。気がついたら自分は舞台袖にいて、さっきまで自分が立っているところには別の人が立っているかもしれない。そのとき私は、舞台の袖で、誰かが倒れたらすぐにでも舞台に立てるよう準備をして待つのだろうか。それとも、舞台を下りることを考えるのだろうか。

 書いてみたらなんだか感傷的になってしまったが、舞台を下りたら下りたで、また客席で見たり、別な舞台に行ったり、人生はなんとでもなるさ、というのが私の考え。何のたとえ話だかさっぱりわからなくなったけど。

ネットの悪意

 ちょっと知っている人のサイトの掲示板が閉鎖になっていた。管理人さんの日記によると、掲示板での見えない悪意に気づいて人間不信になったようだった。

 私は極力、ネット上の悪意に触れないようにしている。これまでにさんざんイヤな思いをしたのでもうたくさんだし、単純に不愉快だからだ。このブログでコメントもトラックバックもメッセージも受け付けていないのもその理由から。ただ、自分のサイトからはメールが送れるようにしてある。

 ちょっと前、地下鉄の駅のホームを歩いていたら、夕刊紙の見出しに「2ちゃんねる閉鎖」みたいな文字があった。閉鎖されたらどうなるかな、と一瞬考えたが、私の結論は「別に困らないや」であった。他の人のことは知らないが、私は無くても困らない。

 ミクシィが無くなったらどうだろう。私はミクシィで日記を書いてはいないが、知人の日記は読むのでちょっとつまらなくなるかも。でもたぶん困らないだろうな。メールのやりとりができればなんとかなりそうだ。

 なんにしても、システムは自分が好きなように使うのが一番だ。システムに振り回されてはいけない。前述の管理人さんには「誰にも迷惑をかけず、自分がやりたくてやっていることですから、自分が好きなようにやるのが一番」というメールを出したのだけれど、本当にそう思う。

 このブログを読んでいる人の中には、2ちゃんねるやその他の場所で悪意のある書き込みをしたことがある人もいるだろうが、それって楽しかっただろうか。私はどうせ書くなら、何かいいことを書いた方が気持ちいいのだけれど。

 あ、悪意のある書き込みをするのと、私が実況アナについて書くのとは明確に違うと一応言っておく。私の場合、怒りを通り越して憤りの域に達しているので書いても全然楽しくない。一応同業者の友人も見ているので、私はこういう仕事の仕方が好きじゃないんだよ、と伝える意図もあるんだけど、なんにせよいやなことを書かなくて済む実況が一番いい。「きょうの実況は良かった」って書いた方がずっと気持ちいいもの。

この一週間のこと

 「産科医の裁判は間違っている」という長い日記を書いた。

 長いので読んでくれない人もいるかもしれないと思ったが、一人でも多くの人が読んでくれたらいいな、と思って書いたら、意外なところから反響があった。現場の医師の皆さんだ。

 医師の方から反応があるとしたら「これは間違ってますよ」というものだと思っていたのだが、全ての方が「書いて下さってありがとうございました」という内容で、それは産科医だけではなくいろんな診療科の医師に共通することだったので、こちらが驚いた。一応医師の友人にも、内容についてどう思うか尋ねていて、間違っていないんじゃないかという答えはもらっていたのだけれど、本当に予想外だった。

 いただいたメールから、先週末にとある医療のフォーラムがあることがわかった。かつしかFMの日だったので悩んだが、いいタイミングだと思ったので私だけお休みして行ってみた。まったく、医療のフォーラムだなんて場違いもはなはだしいのだが、質疑応答のところで議論がおかしな方向に行きかけたので、つい話題を前向きにしようとして発言してしまった。

 発言したことで休憩時間に医師や看護師の方が話しかけてくれて、その方々とのメールのやりとりで、またいろいろと思うところがあった。

 というわけで、先週は取材をしつつ、医療のことについていろいろと考えていたのだが、頭を使いすぎたのか熱が出てしまった。知恵熱。というのはウソで、なんとなく喉の調子がいまひとつだったのだが、さすがに夜中まで起きていたりして無理がたたったんだろうな。

 医療者の皆さんとのやりとりを通じてわかったのは、医療者側の立場や意見を発表する場所が、私が思った以上に無いということであった。この産科医の裁判では、逮捕された状況が理不尽だったので、産科だけでなく多くの医師の方が支援に立ち上がったのだが、あまり報道されていないのでほとんど知られていない。報道されるだけでもかなり珍しいことだが。

 このことに関する、ネット上での医師同士のいろんなやりとりを読んだのだけれど、やっぱりコメントのやりとりって、やっている本人は議論から得るものがあるだろうけれど、傍から見ているとわかりにくい。こっちは専門家じゃないし。なので、私はそこの議論には関わらないことにした。議論が無駄だと言うつもりはない。そこから何かが生まれ、形になればいいと思う。

 こないだ書いたことが長くて読まなかった、という人のためにものすごく短く書くと、いま産科医はどこでも足りなくて、足りない中頑張っている人が逮捕されたりしたので、産科医をやめる人も増え、これから産科医をやろうという医師は減る一方。だから、今後出産をする場所も条件もどんどん限られていくよ、ということだ。

 人が減れば減るほど事故は起こりやすくなるのだから、人が少ない病院は訴訟を恐れて産科をやめる。同じような理由で小児科も減り、24時間救急をやめる病院もどんどん増えている。地方はもちろんのこと、23区内でもだ。

 このことについて、国にはまったく策が無い。やっていることは行き当たりばったりだ。

 柳沢厚生労働大臣が「子供を産む道具」と言った、その前後の発言も聞いたけれど、まったく悪気が無かった。だからいいということではない。悪気が無いということはわかっていないということだから、結局始末に負えない。きょうも「2人産みたいという健全な状況」とかなんとか言ったそうだけど、厚生労働大臣がこんなで、それを総理大臣がかばうんだったら、この体制で少子化対策なんて無理ということだ。

 医療のことは、また調べて書いていくけれど、今のところ希望が持てる要素が何ひとつ無くて、医療現場は追い詰められていて、国には策が無いどころか対処するつもりも無いので、結果的にしわ寄せがくるのは一般の患者だ。このことを、ちょっとでも心に留めておいてもらえると嬉しい。

 ところで早く風邪治さなきゃ。

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