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2007年3月

実況いろいろ

 改めて放送された世界フィギュアを見たら、実況はそれほど気にならなかった。現場で見ていてまだ覚えているから、確認の気持ちで見られるのだと思う。

 あのアナウンサーの実況に抗議をするような内容のバナーが会場に張られたとメールで教えてくれた人がいた。というか「見ましたか?」という質問だったのだが、私は気付かなかった。自分が座っている側に張られたら見えないからそうだったのかもしれない。ちなみにバナーというのは、選手を応援するための垂れ幕。
 Jリーグの試合で、ファンが監督やフロントに抗議する内容のプラカードを掲げているのは見たことがあるが、スケートで実況アナのバナー、それも応援ではなく抗議のバナーが張られるなんて聞いたことが無い。

 わざわざそんなものを作り、会場に掲げるのはずいぶんと勇気が要っただろう。ただ私は同業者なので、その話を聞いたときになんだか胸が痛くなった。自分の身にそんなことが起こったらたまらないなぁと。

 地上波の放送を見て改めて、会場内実況はとてもよかったと思った。アイスダンスはやったことが無いので細かいところがよくわからないのだが(シングルのスケーターはダンスのことはほとんど知らない。履いている靴も違うし)東野さんというジャッジをしている女性の解説がわかりやすくて助かった。この方がよかったのは、オリジナルダンスの最終グループの前の練習のとき「もうこの後はそれぞれの組が芸術の域に達していますから、ほとんどしゃべれなくなることをあらかじめお詫びしておきます」と言って、実際ほとんどしゃべらなかったことだ。
 それまでの組で、オリジナルダンスの必須要素についてはちゃんと説明されていたし、確かに最終組はそれまでの組とは滑りが違って、同じタンゴでも個性があった。ただ見ているだけで十分に素晴らしかった。

 場内実況のアナウンサーはどんな方なのか知らないのだが、自分がスケートについて詳しくない、という謙虚さがあり、演技中余計なことは喋らなかった。詳しくないなら喋らなきゃいい、と以前書いたことがあるが、やっぱりそれでいいんだと思った。
 その分質問がとても正直で時々面白かった。女子のフリーでエミリー・ヒューズの演技が終わったあと、伊藤さんや本田武史さんがジャンプについて解説をしたのだが、実況アナが「ジャンプ以外の面はどうだったんでしょうか?」と聞いたら2人とも「いやーはははは」と笑ってごまかしたので思わず笑ってしまった。確かにエミリーについては他のところは解説するのが微妙。

 余談だが、エミリーの演技を再生しながら、ジャンプを降りるたびに「どうよ!」「アタシどうよ!」と言うとすごく合う。毎回そう言っているような顔をしているのだ。暇だったらやってみていただきたい。暇だったらでいいけど。

 他にも、天野真さんのテクニカルスペシャリストの立場からの解説はわかりやすかった。スピンやステップのレベルは、難しい動き、あるいは特徴のある動きが何種類入っているかで決まるが、実際の演技でひとつひとつ説明してもらうのが一番わかりやすい。例えばジャンプしてスピンに入る(難しい入り方)、チェンジエッジ、難しい姿勢のバリエーションが2つ(しゃがんだ姿勢で横を向いたり、頭を足にくっつけたり)、といった具合にレベルが上がっていく。スケートをやったことの無い人にこれを説明するのはとても難しいが、たくさんの人数を説明つきで見ていたらなんとなくわかるのではないだろうか。

 伊藤みどりさんはジャンプの話、とりわけトリプルアクセルの話になると明らかにメートルが上がるのが面白かった。スケート連盟の殿堂入りの表彰のとき、その理由が日本語と英語でアナウンスされた。「ISUの大会で女子として初めてトリプルトリプルのコンビネーションを成功させ、トリプルアクセルも成功させた。その技術は20年経った今でも女子のスタンダードなものである」というような内容だったが、そう言われてみると確かにものすごいことだ。
 時々場内アナウンスで場内実況の紹介があり、スクリーンに実況席が映るのだが、FMラジオで聞いている人がみんな「みどりちゃーん」と手を振っていた。その様子を見ていた、周囲にいる各国の実況ブースの人や、外国からの観客もニコニコと笑っていた。ミドリ・イトーは今でも世界中のファンや関係者から愛されている。

 さて地上波の実況はどうだったか。あの方は今回、演技中は黙っていたからバナーを見たのかもしれない。でも演技前や演技後に言っていることは相変わらず意味がわからなかった。キミー・マイズナーの演技の前に「本当の名はキンバリー・マイズナー」と言ったときには、あまりの意味の無さについ笑ってしまった。生で見ていて結果も知っているから笑えるが、そうでなかったらたぶん腹が立っただろう。

 地上波のアイスダンスの実況をしたアナは、たぶんニッポン放送から移籍した方ではないだろうか。喋り方がいかにもラジオの野球実況のようだった。ラジオでスケートの実況なんてあり得ないので勝手がわからなかったと思うが、フィギュアスケートには必ず音楽があり、音楽を殺すような声のトーンや喋り方をしてはいけないことがわかってくれたらと思った。アイスダンスだから余計、いかにもの実況口調がジャマに感じた。言っている内容は悪くはないのだけれど、曲の雰囲気に合っていないのだ。

 みずえさんの家で見たJSPORTSの放送で実況をしていた小林さんという女性の方は、演技のジャマにならないというのをちゃんと考えていると思う。ちゃんとした知識、そして何よりスケートに愛がある。スケートが好きな人ならきっと小林さんの実況は好きだろう。
 丁寧な解説って、地上波じゃないからできることなんだけれど、場内よりもCSよりもよくない地上波ってなんだか寂しい。一番お金をかけて、ゲストもたくさん呼んで、結果的には情報が足りないってのも。でもこれからはそういうものなのかもしれない。チャンネルが増えたのだから、一般向けの放送と、ファン向けの放送に分かれていく流れが自然というか。

スケート選手と振付師の相性

 オロナミンCのCMはすばらしいと思う。高橋選手を起用したことと、その高橋選手に何をさせるかというところが、本人の資質に見事にはまっている。

 スケート選手だったら誰でもいいというものでもない。高橋選手って、外回りに行ってきてと言われて本当に外で回ってきそうな感じがある。これはバカにして言ってるんじゃなくて、そういうシチュエーションがはまる雰囲気を持っているということだ。これが織田選手だと、外回りと言われて外に出てリンクがあったとしても「これで回って帰ったらベタやな」とか言いそう。
 あと、脱いだ上着の下のシャツにふりふりのフリルがついていて、普通はヘンなのだが高橋選手だと何の違和感も無いどころかピッタリ。

 真央ちゃんもいくつかCMに出ているが、ほとんどはアスリートがCMに出ました、という程度のものだ。「伊藤ハム、大好き」って言うやつとか。ただ、ネピアの「ふわふわマオマオ」はかわいかった。最近放送されなくなってしまったが、今どきあんなにふわふわが似合う人はいない。

 「ふわふわマオマオ」は、真央ちゃんが持っている天性の雰囲気でCMを作った。ピッタリとはまっているが、真央ちゃんはそれほど演技をしていない(ネピアのHPのメイキングでも「演技はまだまだ」と自分で言っている)。「オロナミンC」は、ちゃんとした台本とカット割りがあって、高橋選手はそれに沿って演技をしていて、それがものすごくはまっている。この、演技に入り込めるというところが高橋選手の才能だ。

 前置きが長くなったが、ニコライ・モロゾフという振付師と高橋大輔という選手はとても相性がいいと思っている。モロゾフの振付けはとてもドラマティックだが、高橋選手はその世界にすーっと入っていける。顔の前で手を動かす、モロゾフ独特の振りが随所に出てくるのだけれど、そのときの高橋選手の顔はちゃんと気持ちが入っているのだ。もちろん顔だけじゃなく、アイスダンスの選手であったモロゾフが組み立てる高度なステップをこなせるスケーティング技術も持っている。モロゾフがやらせたいことと、高橋選手がやりたいことがピッタリと合っているんだと思う。

 今回、モロゾフがコーチを担当した高橋選手が銀、安藤選手が金という素晴らしい結果になったわけだが、じゃあみんながモロゾフコーチにお願いすればいいというわけでもない。
 キミー・マイズナーのショートはモロゾフの振付けだった。とてもドラマティックで悲しげな音楽で、演技の最初やストレートラインのステップの後半に、やはり顔の前に手を持ってくる動きがある。でも彼女がもともと持っている雰囲気はとても素朴なので、曲とも振付けとも合っていなかった。言い換えれば、キミーはモロゾフの世界を表現しきれていないということ。

 sports@niftyの記事に、美姫ちゃんのこんな言葉があった。「大ちゃんがいつも滑ってるような音楽が好き、ってニコライに言ったんです。そうしたら音楽だけじゃなくて、ステップまで大ちゃんみたいな雰囲気の、難しいものになっちゃった。えー、こんなのできない。どうしよーって(笑)」
 美姫ちゃんは、ずっと自分なりの表現をしたいと考えていたのだろうけれど、今までコーチを変えてもなかなかピッタリなものに出会えなかったのだと思う。モロゾフと出会って、やっと自分が迷いなく滑れる作品をもらえた。とはいえ、昔からモロゾフの作品が合う選手だったわけではない。スケーターとしていろんな経験をしたからこそ、今シーズンモロゾフの作品が滑れるようになったのだろう。

 織田選手は世界選手権に向けて曲を変えたが、残念ながら滑り込めていなかった。振付け通りに滑るので精一杯だったと思う。荒川さんがトリノ五輪の直前に曲を変えてうまくいったのは、かつて2度フリーで使っているトゥーランドットだからであって、やはり曲を表現するには時間がかかる。
 来シーズン、織田選手はどんな曲でどんな表現をするか、本人も周りも悩むのではないか。高橋先輩が自分の世界を作り上げてしまったから、それとは違うものをやらなければならない。でも、バンクーバーまでにはまだ時間があるから、あれこれ試してみていいと思う。例えばコーチを変えて、お母さんから離れてみるのも一つの方法だ。離れてみて、やっぱりお母さんが良ければ、また戻ればいい。他のコーチと違って、お母さんだから何があったって受け入れてくれる。

 キム・ヨナはすでに自分の世界を持っている。16歳であの雰囲気が出せる。ただ、普段の彼女を見るとわかるのだが、元から妖艶なわけではない。ジュニアの頃から、世界で戦うために演技力を高めてきてこうなったのだと思う。
 彼女を見ているとミシェル・クワンを思い出す。ショートの途中で見せるジャッジを見据えるような鋭い目つきはクワンにそっくりだ。クワンが妖艶なメイクで「サロメ」を演じて世界選手権で優勝したのは15歳のとき。以来5回世界チャンピオンになっているが、五輪の金メダルはとうとう取れなかった。そして演技の印象も、私にとっては最初のサロメから抜け出ることはなかった。素晴らしい選手であることに疑いは無い。でも、いつも良くも悪くもクワンという感じだった。最初にイメージを作ってしまったからだと思う。
 今後キム・ヨナがどういうスケーターになるのか。お母さんがかなりのステージママのようだが、毎年の試合の結果だけを追いかけていたらいずれ本人が苦しくなるんじゃないかと勝手に心配している。そういえばクワンも結局、ずっと教わっていたフランク・キャロルコーチのもとを離れたっけ。

 真央ちゃんについては、振付師やコーチが、何をさせようか悩んでいるんじゃないだろうか。スケーターとして必要なものを全て持っていて、でもまだまだ伸びる余地がある。世界中のどのコーチも振付師も、これだけの選手を教えたことは無いだろう。
 どうなるのかわからない。それが「可能性」というものだ。私は今回の世界選手権で、浅田真央という選手の底力に感服した。あの人は並じゃない。そんなことはずっと前からわかっていたけれど、私が思っている以上にものすごい人だ。将来どんなスケーターになるのか全然見えない。わからない。それが楽しみで仕方が無い。

 世界選手権のウラ話を書くつもりが、なんだかこんな話になってしまったが、生で見ていたらこんなことを思ったということですいません。全部私の感想であって、本人やコーチや振付師に取材したわけじゃありません。

 まぁスケートファンってこんな感じですわな。女子フリーの日の開場前、近くでお茶をしていたら、隣に座っていた若い女の子2人が「美姫ちゃん4回転やるかなー」「アタシの予想ではー、たぶんモロゾフがやらせないんじゃないかなー、戦略として」といった話をしていて、心の中で「友達か!」と突っ込んでいたが、私もたいして変わらない。横にタカアンドトシのトシがいたら「コーチか!」とか「スケート連盟か!」って突っ込まれそうな。

放送されなかったいい選手

 男子フリーで、ほぼノーミスで演技をしてスタンディングオベイション、という選手が一人いたが、地上波では放送されていない。スウェーデンのクリストファー・ベルントソン選手だ。

 ショートではジャンプの失敗があって15位だったが「アーッ!」という叫び声が入った面白い曲で滑り、その「アーッ!」のところで頭を抱えるという楽しい振り付けで場内の笑いを誘っていた。

 面白い曲で思い出したが、やはりショートで、ギリシャのイザリオティス選手が現代音楽のような不思議な曲で滑っていた。場内実況では、この選手はバンドをやっていて、自作の曲で滑っていると言っていた。ISUのサイトのプロフィールを見ると、職業欄にはMusicianとある。伊藤みどりさんも天野真さんも「職業がミュージシャンって面白いですねぇ」と言っていたが、ショートプログラム39位でフリーには進めなかった。バンドもいいがもっとスケートを頑張れよと言いたい。

 さて、ベルントソン選手のフリーは「サタデー・ナイト・フィーバー」で腰を振りながら始まった。去年のNHK杯で9位になっているが、下位の選手だしほとんどのお客さんが知らなかったせいもあって、みんなゆるい気持ちで拍手をしながら観ていた。
 曲はアースウィンドアンドファイヤーの「ブギワンダーランド」に変わり、さらにスローパートでなぜかXJapanの「フォーエバーラブ」になったりして、およそメダルを狙う選曲ではないのだが、こんな冗談のような曲を踊りきり、そして2度のトリプルアクセルを含む全てのジャンプを成功させた。

 観客のほとんどが、まさかこの順位の選手がこんな演技を見せてくれるとは思っていなかっただろう。ジャンプが決まるたびに拍手が大きくなり、みんな演技に引き込まれていった。最後のスピンを終えてフィニッシュのポーズを決めたところで、かなりのお客さんが立ち上がった。最終グループ並みの拍手大喝采であった。フリーは7位で総合でも9位と大健闘だ。

 ランクが下の選手でも、なんともいえない個性を持っていたりして、だから試合を生で観るのは楽しい。来年の世界選手権はベルントソン選手の地元、スウェーデンのヨーテボリで開かれるので、台風の目のような存在になるかもしれない。名前を覚えておこうっと。

キャンベル

 日米対抗フィギュア、という試合になっていたが、実は毎年シーズン始めにやっている試合。スポンサーがキャンベルスープというアメリカの会社で、アメリカで見ると合間合間にスープのCMが入るそうだ。

 つまり、試合の結果とか勝ち負けはどうでもいい試合なのだが、そういう試合がゴールデンタイムに放送されるというのはスケートファンにとってはありがたい。

 浅田姉妹がコーチを変えてどうなるのか、というのをみんな楽しみにしていたわけだが、舞ちゃんにしても真央ちゃんにしても、体の使い方や動き方がぐんと大きくなり洗練された。このことだけをとっても環境を変えたことは良かったと思う。
 フリーには、アメリカからエミリー・ヒューズとキミー・マイズナーが出ていたが、どちらも動きが洗練されていない、というかもっさりしている。スタイルも浅田姉妹の方が上だ。

 浅田舞ちゃんの演技がずいぶん安定していた。真面目に練習を積んだのだと思う。普通に滑っても清楚な空気が漂う選手だが、同時にいつ転ぶかわからないような不安定さもあった。それがほとんど感じられなかった。まだ若いし、もっと伸びると思う。選手としてとても楽しみだ。

 真央ちゃんはトリプルアクセルを失敗してしまったが、ジャンプに入る前にターンを入れていた。入れて転ぶぐらいなら入れなくてもいいと思うが、入れてきたということは練習では決められるのだろう。トリプルアクセルが飛べるだけでもすごいのに。

 今までの真央ちゃんはジャンプ主体のプログラムで、つなぎのスケーティングはたぶんなんとなく滑っていたのだと思う。ずいぶん動きが大きくなったが、すなわち体力も今まで以上に必要になる。今までと同じレベルのジャンプを入れようと思ったら、もっともっと滑り込まなければならない。だから、シーズン最初としてはこんなものではないだろうか。

 舞ちゃんも真央ちゃんも、レベルを取り損ねているところがちらほらと見受けられたのだが、アルトゥニアンコーチはどの程度ルールを把握しているのか気になるところ。

 そして安藤美姫ちゃんはすばらしかった。体も絞れていたし、本来持っているスケートの伸びやかさが出ていた。体が前傾してしまうクセがあるのだけれど、それを活かしたプログラムというか、攻めのスケートに見せていた。シーズン最初の試合でこれだけまとまっているということは、ずいぶん練習をしたんだろう。体もずいぶん絞れているようだし。

 さぁシーズン開幕だ。来年3月、東京で開かれる世界選手権まで楽しみがいっぱい。

とてもいい結果

 試合が始まるまで何度ため息をついたことだろうか。結果がどうなってもすべてこれからに繋がる、と自分に言い聞かせてはみても、やっぱり真央ちゃんにも美姫ちゃんにも頑張って欲しいし、どちらかに優勝して欲しいというのが本音であった。

 きょうのチケットは一番先に無くなり、当日券の販売も無かった。それを生で観られたのはとても幸せなことだったが、これまでの試合に比べてゆるい感じのお客さんが多かったし、男性や小さな子供の割合が多かった。スケートが好きというのではなく、真央ちゃんや美姫ちゃんが好き、という人が多いということだが、日本にそういうスケート選手が2人もいるなんて幸せなことだ。もちろん中野さんが好き、という人もいたと思う。

 中野さんは6分間練習でトリプルアクセルを2度降りた。2回目は回転不足に見えたが、やる気満々なのが見ていてわかった。演技前、前の選手の得点がコールされる間も、ずっとアクセルの踏み切りの練習をしていて、1回はダブルアクセルを跳んだ。
 気合が入りすぎているかもしれないと思ったが、本番ではジャンプの前にスピードが落ちてしまういつものパターンになってしまった。本人も跳びたかっただろうから残念。高いレベルが取れるスピンで2つミスをしてしまったのも残念だが、それでも崩れずに最後まで笑顔で演技をしたのはよかったと思う。

 会場で見ると、一度にいろんなものが見える。例えば、最終グループの6分間練習で、誰がどの順序で何を練習するかが全部見える。テレビではわからないものがわかる。

 朝の公式練習に行ったみずえさんの情報によると、キム・ヨナは絶好調で早めに練習を切り上げ、美姫ちゃんも好調だったのに対し、真央ちゃんとマイズナーは調子がいまひとつで最後まで練習をしていたということだった。
 6分間練習でも真央ちゃんの調子はいまひとつだった。前日と同じように、一度もコーチのもとには行かずジャンプを繰り返していたのだが、エミリー・ヒューズにぶつかりそうになったり、トリプルアクセルを跳ぼうとすると前にエミリー・ヒューズがいたりでなかなかうまく跳べなかった。昨日と同じパターン。
 なんとか一度は降りて練習を終わって欲しいと思っていたら、最後にようやくトリプルアクセルを降りた。美姫ちゃんは4回転サルコウを一度もやらなかった。キム・ヨナはルッツの着地でミスをしていた。

 世界選手権の最終グループでミスの無い演技をするのはとても難しいことだ。男子では、技を抜いてノーミスで演技をしたのがジュベールで、予定通りのプログラムでほんのちょっとだけミスをしたのが高橋選手。あとの選手ははっきりとわかるミスをした。

 女子も同じだった。昨日あれだけ調子が良かったコストナーが最初のフリップで転倒、エミリー・ヒューズもフリップで転んでしまった。
 そしてキム・ヨナ。彼女の3フリップ+3トゥループは幅があって本当に素晴らしい。昨日も今日も、最初のフリップを降りた時点で次のトゥループが確実に決まるのがわかるぐらい、流れとスピードを保ったまま跳ぶ。全てのジャッジがプラスの評価をして、基礎点9.5に2点がプラスされた。

 彼女の弱点はループジャンプだ。昔から苦手なのでプログラムに入っていない。その分後半に難しい3ルッツを2度入れて高得点を狙っているのだが、今日は2つとも転倒してしまった。2つ目のルッツは、起き上がったあと1トゥループをくっつけたが、つけてもつけなくても同じトリプルの2つ目はジャンプシークエンスと判定される。よって次の3サルコウ+2トゥループは4つ目のコンビネーションとなって、織田選手と同じくカウントされなかった。

 会場のお客さんがすばらしいな、と思ったのは、昨日も今日も、真央ちゃんのライバルであるキム・ヨナ選手に温かい拍手をおくったことだ。特にショートはスタンディングオベイションであった。真央ちゃんの軽さとはまた違う、音のしない伸びるスケーティングはすごかった。

 直前のキム・ヨナの演技がベストではなかったことに、次に滑る真央ちゃんは気づいていたと思う。キム・ヨナの点数が出るまでの間、何度も何度もトリプルアクセルに入る前のステップを練習していた。これを跳ばなければ勝てないと考えているのが痛いほどわかった。

 その最初のトリプルアクセル。いつもよりもスピードが無かったが、踏み切りのタイミングはジャストで、跳んだ瞬間「降りる!」と思った。実際には軽くフリーレッグが氷に着いてしまったが、昨日の結果と今日の状況を考えると、降りただけでも大変なことだ。しかし次の2アクセル+3トゥループ、2つ目が回転不足になってしまった。
 次は昨日失敗した3フリップ+3ループ。6分間練習で降りてはいたが決して調子は良くなかった。祈るような思いで「跳べ!」と願ったら見事に降りた。

 家に帰ってテレビで見たら、このあとで笑顔が出ていた。心配していた2つのジャンプが終わったからほっとしたのだろう。とはいえ、全体的にいつもの彼女よりはスピードが無かった。当たり前だが決して平常心で滑ってはいなかったということだ。結果的に、本来レベル4が取れるはずのスパイラルやスピンでレベルを下げてしまった。それらが決まっていたら優勝できただろうが、真央ちゃんが置かれていた状況下で、これだけの演技ができる選手が他にいるだろうか。いくら真央ちゃんでもこれが精一杯だったのだ。

 真央ちゃんが2位以上を確定した状態で、最終滑走の美姫ちゃんの演技が始まった。4回転サルコウはやらなかったが、やらなくて良かったと思う。練習で降りるのと、試合の中で降りるのとは違う。
 美姫ちゃんもいつもの滑りではなかった。スピードを押さえて慎重にジャンプを跳んでいたので、いつもよりも着地が不安定だったし、肩を痛めていたのでビールマンの姿勢がとれず、スピンのレベルを下げざるを得なかった。それでもミス無く全部決めたのは素晴らしいことであった。

 どっちが勝ってもおかしくないし、どっちでもいいと思ったが、結果はわずか0.64の差で美姫ちゃんの優勝であった。さっきも書いたが、真央ちゃんのジャンプの着地が決まっていたり、スピンのレベルが上がっていたら真央ちゃんが上だった。これが試合だ。

 これからのことを考えると、これはとてもいい結果ではないか。美姫ちゃんは、頑張れば報われるという経験ができた。ショートとフリー、どちらもミスをしなかったのは美姫ちゃんだけだった。だから優勝できたのだ。この経験が、彼女をバンクーバーまで引っ張っていくだろう。頑張れば報われることを知ったのだから。

 真央ちゃんはショートでミスをしたから負けた。いくらフリーで頑張っても、挽回できないこともあることを、今回思い知ったと思う。そして負けた相手はキム・ヨナではなく日本の美姫ちゃんだったことも良かった。真央ちゃんは美姫ちゃんに負けるとは思っていなかっただろう。ライバルはユナ・キムだけではないのだ。

 表彰台の3人を見ながら、バンクーバーまでこの3人が、勝ったり負けたりしながらスケート界を引っ張っていくのだなと考えていた。すばらしい才能が、地球上の小さな円の中に集まっている。とりわけ名古屋に集中しているが。

 ただ、世界のスケート界のことを考えると、アメリカの選手に頑張ってもらわなければならない。表彰台をアジア勢が独占している状態では、アメリカのテレビの三大ネットワークは決して世界選手権の放映権を買わないだろうし、世界中の選手やプロが集まっているアメリカのスケート人気も落ちてしまうから。
 今シーズンの世界ジュニアでは、アメリカの選手が表彰台を独占したが、優勝したのが中国系のキャロライン・ザン。2位は両親ともに日本人の長洲未来で、長洲選手は全米ジュニアでは優勝している。どちらも柔軟性にすぐれていて、そしてどちらもアジア系。バンクーバーまでには3人のライバルになるだろう。個人的には長洲選手の方がスケートが伸びやかで好きだけど。

 しかしこの4日間、幸せだったけれどとても疲れた。座って観ているだけなんだけど、当分何もしたくないぐらい疲れた。実際台所には洗い物が溜まっているし、洗濯物も溜まっているし、メールの返事も書いていない。これでは社会人失格。

 放送ではわからないこぼれ話も書こうと思っているがしばしお待ちを。

ただひとりあの人だけが

 真央ちゃんのショートプログラムの滑走順が、最終グループの3番目だと知って、真央ちゃんには運があるんじゃないかと思った。

 今の採点法では、滑走順やグループ分けが点数には反映されないようになってはいるが、人間は前のことより後のことが印象に残るから、依然として最終グループが有利だとされている。
 だったら最終グループの最終滑走が一番いいじゃないかということになるが、最終滑走はウォームアップから30分以上時間が空いてしまう。3番滑走というのは、呼吸を整えて、一番いい状態で氷の上に立てる順番だ。

 これはあくまでも自分のことだけを考えた場合。3番滑走ということは当然直前に誰かが滑り、その点数や歓声を聞きながら自分の出番を待つことになる。きょうの2番滑走は安藤美姫ちゃんだった。

 美姫ちゃんの演技は素晴らしかった。ひとつひとつの要素をとても丁寧に滑っていたし、気持ちも力もこもっていた。演技が終わると同時に場内のほとんどの観客が立ち上がった。簡単には立たない私も立った。去年のトリノの状態から、よくぞこれだけの演技ができるまで頑張ったなと心から思った。
 真央ちゃんはその大歓声の中リンクに滑り出し、美姫ちゃんの点数が出るまでの間足慣らしをしていた。日本人選手だし、そのことは真央ちゃんには何の影響も与えなかったと思う。

 場内大興奮の中、得点に続いて順位がアナウンスされた。

「現在の順位は、第2位です」

 真央ちゃんはこれを聞いただろうか。あるいは、観客の声が興奮からどよめきに変わるのを感じとっただろうか。観客のほとんどがスタンディングオベイションをした演技が2位ということは、あの選手はもっと素晴らしい演技をしたということになる。真央ちゃんはそのことに気づいただろうか。

 それより前の6分間練習で、真央ちゃんは3フリップ+3ループを、いつもよりも多く繰り返した。フリップを2度単独で跳んだあと、ステップからのルッツを2度降りた。それからフリップのコンビネーションを跳ぼうとしたが、2つめに続けられなかった。もう一度やろうとしたが、跳ぼうとした場所に他の選手がいたのでやめてまたやり直して成功させた。ちらっと残り時間を見てもう一度試みてまた成功させ、最後に再びルッツを跳んだ。
 コーチのところにも行かず、いつもよりジャンプを繰り返しているな、と思ったが、最終的には全部降りたのでほっとした。今思えば、真央ちゃんはコンビネーションをとても気にしていたのかもしれない。

 最初のルッツを降りて、次は今シーズンショートプログラムではミスしていない3フリップ+3ループ。最初のフリップがほんの少し後ろに傾いた。そして次のループはシングルになった。6分間練習で失敗したときと同じような感じになった。

 真央ちゃんが今、唯一意識をしてしまう選手はキム・ヨナしかいない。キム・ヨナも同じだろう。別の言い方をすれば、他の選手はおそらく真央ちゃんの頭には無いだろう。同世代で、キム・ヨナ以外には負けたことが無いのだから。

 きょうの時点で10点以上差がついてしまった。とにかく真央ちゃんは、自分の演技をちゃんとやるしかない。それで結果がどうなろうと、すべてこれからの糧になる。

 こんなことを書きながら、本当は残念で仕方がない。でも、真央ちゃんには未来があるから、その過程もひっくるめて応援するしかない。そう思っている。
 明日、真央ちゃんがどんな演技をしてくれるのか。順位はもうどうでもいい。この状況から、明日どんな演技をするのかだけが楽しみだ。ちなみに明日の最終グループ、第3滑走がキム・ヨナ、その後が真央ちゃん。この2人はこういう運命にあるのだろう。

世界フィギュア男子フリー

 きょうは試合の帰りに軽く飲んでしまった。勝利の美酒に酔ってしまったので長々書かないようにするつもりだがどうだか。

 家に帰ってきて録画を見ながら、ああテレビではやっぱりいろんなことの半分しか伝わっていないなぁと思った。きょうの高橋選手がどれだけ素晴らしかったか、テレビでも十分伝わっていると思うけれど、それでも半分なのだ。

 男子フリー。第3グループの最終演技のベルナルが、4回転を2度決めてものすごい得点を出した。得点が出ただけじゃなく、私達観客も興奮した。得点が出るまでの間、最終グループで滑る6人はリンクサイドにいた。おそらく最終グループの全員が、ベルナルがものすごいことをやり、すごい得点を得たとわかった状態で6分間練習に入った。6人全員、気合いの入った練習をし、見た目にはみんな調子が良さそうだった。ランビエールだけが本調子ではない感じ。

 第一滑走は前日5位、アメリカのライザチェック。ベルナルの得点を見て、4回転を決めない限り上には行けないと考えたと思う。結果、練習では正確に降りていた4回転もトリプルアクセルも、本番ではひざが固くてオーバーターンしてしまった。とはいっても転んではいない。悪くはない演技だった。

 ライザチェックの得点と順位を聞いて次に滑ったのは、同じアメリカのジョニー・ウィア。全米選手権ではライザチェックに負けている。彼は4回転を確実には跳べない。ライザチェックの得点はそれほど悪くはなかったが、順位は2位だった。ということは、ウィアは完璧な演技をしない限り、それより上には行けないことになる。
 最初のトリプルアクセル+トリプルトゥループのコンビネーションをきれいに決めたあと、次の4回転は3回転になった。それでもう一つのトリプルアクセルを決めなければと思ったせいか、結果的には他のジャンプもミスしてしまった。

 第三滑走は現チャンピオンのステファン・ランビエール。昨日ミスがあったし、きょうも決して調子が良かったわけではないが、昨日失敗したトリプルアクセルをなんとか降り、4回転トゥループも降りた。でも、今日のランビエールが素晴らしかったのは、ジャンプの不調をカバーするほどにフラメンコの世界を表現していたところだった。スピンも素晴らしかった。スピンで歓声が沸いたのは彼だけだ。
 テレビだと切り取ってしまうので全体の世界がわからないが、その場で見ていると、選手と音楽が一体になってひとつの空気を作るのがわかるし、その空気に観客が取り込まれていった。勝つための演技ではなく、自分の世界を表現した演技だった。ランビエールにはジャンプのミスがあった。でも観客はスタンディングオベイションをした。心が動いたからだ。

 第四滑走はショート1位のブライアン・ジュベール。練習から好調だったが、おそらく直前のランビエールの得点を見たからだろうか、内容を減らして4回転を一度しかやらなかった。ロシア大会では4回転を3度成功して優勝し、氷にキスをした。ミスは無かったが、お客さんはそれほど立たなかった。彼ならもっとできる。全力を尽くさなかったからそれほど感動しなかったのだ。とはいえ、2日間ミスを出さず演技をしたのは素晴らしいことだ。

 そして高橋選手。6分間練習では全てのジャンプを順番に決めて、とてもいい状態でリンクから上がったが、他の選手も決して調子は悪くなかった。世界選手権の最終グループでミス無く滑るのがどれだけ大変なことか、観客はわかっていたと思う。
 最初の4回転に入る前、スピードが少し足りなかったので心配したが、やはり一瞬手を着いてしまった。でもそこから落ち着いて全ての要素をちゃんと決めた。日本の選手だからというだけでなく、場内が段々と盛り上がっていった。2つ目のアクセルを決めたあとは、ジャンプを失敗する気がしなかった。させないぐらいに作品の世界の中で滑っていた。フリーは1位だったが、それに値する演技だったと思う。

 場内大盛り上がりの中、最終滑走はジェフリー・バトル。高橋選手の演技の点数や場内の歓声から、4回転を跳ばないと勝てないと考えただろう。もともと得意ではない4回転で転び、昨日鮮やかに決めたトリプルアクセルでも転倒してしまった。

 TOKIOの松岡さんが「順番って残酷ですね」と言っていたが、まったくそうだ。高橋選手の前がジュベールじゃなかったら、バトルの前が高橋選手じゃなかったら、結果は変わっていたかもしれない。

 付け加えておきたい。きょう、織田選手はとても頑張った。初めて見るプログラムなのでドキドキしながら見ていたが、3アクセル+3トゥループ+3ループのコンビネーションのあと、3サルコウ+2トゥループという、どうってことのないコンビネーションを跳んだので、コンビネーションの無駄遣いじゃないかなと思った。2つめの3アクセルを、2アクセル+3トゥループに変えたところで、まだルッツ跳んでないなと思った。そして次に跳んだのは3ルッツ+2トゥループであった。
 コンビネーションジャンプは3つまでと決められている。結局、最後の難しいコンビネーションがノーカウントになってしまった。

 これはとてももったいないことであった。おそらくは来年の出場枠を確保するために冒険をせず、できるだけ得点を取ろうと演技中頑張ってこうなったのだ。織田選手は過去こういう失敗を何度かしているので、本当はしない方がいい。でも最終順位は7位だから、14位から7つ上げたことになる。本人は不本意だろうが頑張ったと思う。そして日本は来年3枠を確保した。

 私の席のちょっと前に小塚選手とその関係者らしき人が座っていた。最終順位が出たあと、周りの人が小塚選手になにかと話しかけていた。おそらくは「来年は3人出られるよ」というようなことを話していたのだと思う。私だって、目の前の小塚選手を見ながら、なんとか3枠取って欲しくて、織田選手の演技のあと「高橋くんが3位としてもあと3人抜かなきゃ」と思いながら他の選手の演技を見ていたのだ。とはいっても失敗してくれというのではなく、全員が全力を尽くした上でそうなってくれたらと思っていた。そしてそうなった。良かったなぁ。

 高橋選手が銀メダルを獲得したことは大変なことで、ものすごく嬉しい。それでふと思ったのだが、真央ちゃんは世界選手権初出場なのに、周りだけじゃなく誰より本人が金メダルを取る気でいる。それはとんでもないことなのだが、誰もとんでもないことだと思っていない。すごいことだ。

 私は今大会で真央ちゃんが金を取らなくても別にいいと思っている。初めてなんだから。でも、本人が本気で、いつも通りやれれば金だと思っていて、それが事実だからすごい。きょう会場で、伊藤みどりさんが国際スケート連盟の世界殿堂入りの表彰を受けたのだけれど、その人に匹敵するものすごい才能を明日から見ることができるのだ。すごいすごいと連発しているけれど、本当にすごいんだもん。ああ楽しみ。

世界フィギュア男子SP&ペアフリー&諸注意(笑)

 フィギュアスケートに興味が無い人は読んでも面白くないかもシリーズ1日目。

 代々木第一体育館は現在アスベスト除去工事のため閉館している。だから東京体育館が会場になったのだと思うけれど、改めて行ってみたら狭かった。東京体育館は体操や新体操の試合がよく行われるので何度も行っていて、狭いと思ったことなど無かったのだけれど、アリーナに30m×60mのリンクを作ったらとても狭い。代々木第一はもともとプールで、50mプールに加えて飛び込み用のプールもあるから、客席が多いだけじゃなくてアリーナが広いんだなと改めて思った。
 ただ、その分リンクが近い。私の席は、演技を終えた選手が得点を待つキス&クライと呼ばれる場所の後ろだったのだが、十分見えた。というか観られるだけでどこだっていいのだけれど。

 まず男子ショートプログラム。今シーズンから国際スケート連盟のランキングの上位者が最終2グループに入ることになったそうで、最後の2グループはフリーのときのような盛り上がりであった。次から次へと有力選手が出てくるんだから当たり前か。

 そのことが少なからず関係しているかもしれないが、男子の上位選手はミスが多かった。織田選手のトリプルアクセルは本当に残念。冬季国体のとき、イーグルからのトリプルアクセルを練習していたのだけれど、きょうはスパイラルからのアクセルをやって、見事にすっぽ抜けてしまった。ジャンプにならず要素が一つ抜けたので大きく得点を減らし、その後動きが小さくなってステップからのトリプルフリップでも着地でオーバーターンしてしまった。普段ならまずミスをしないところだ。
 織田選手のトリプルアクセルはもともと入るときに独特の溜めがあるのだけれど、直前にスパイラルを入れたことでタイミングが狂ってしまっていた。6分間練習ではいつもの入り方のアクセルをきれいに決めていて、あのままいつも通りやれば5位以内には入っていたと思うが、こんなことを後で言っても仕方がない。
 明日のフリーは最終グループどころか第3グループにも入れなかった。でも今の採点ルールなら、ノーミスで演技をすればそれなりの評価が得られる。新しいプログラムだから難しいかもしれないが、いつものようにのびのび滑って欲しい。

 織田選手のミスでなんだか気が抜けてしまったのだが、その2人あとに滑ったカナダのジェフリー・バトル選手の演技が素晴らしかった。私的にはきょうの一番。これを書きながら、放送された番組を観ているのだけれど、会場で感じた素晴らしさはテレビでは半分ぐらいしか伝わっていないかもしれない。
 ミスなく滑ったことがまず素晴らしい。そして、すべての動きがあの難しいピアノ曲に合っていた。音楽を体で演奏しているような演技をする選手は、ルールが新しくなってからまず見られなくなってしまったのだけれど、きょうのバトル選手はそんな感じだった。終わったときに体が震えてうるっときてしまった。これが生で観る醍醐味。

 世界チャンピオンのステファン・ランビエールは滑り始めからスピードが無くて、これでは跳べないんじゃないかと思ったらやっぱり最初のトリプルアクセルで転倒してしまった。その次に滑ったブライアン・ジュベールは、ただ一人4回転のコンビネーションを決めた。今シーズンは絶好調で、滑りに自信が感じられる。金メダルに一番近いかもしれない。

 織田選手が滑る前、会場からはいろんなかけ声が飛んでいて、織田選手が笑ってしまい、会場も笑っていた。声をかけたくなるキャラクターの持ち主だし、声をかける人に悪気は無いのもわかるのだが、リラックスすることが必ずしもいいとは限らない。
 織田選手の失敗があったので、高橋選手が滑る前、会場はしんとして緊張感に包まれていた。最初のコンビネーションジャンプは1つ目のトリプルフリップの着地でバランスを崩してしまい、トリプルトゥループを頑張ってくっつけたが回転不足になってしまった。
 ここから崩れなかったのは素晴らしかった。ミスをしないことが一番だが、ミスを引きずらないことも同じぐらいに大事なことだ。フリーで全日本のときのような演技ができればと心から思う。

 男子で結構疲れてしまって、気力が持つかなーと思ったが、そんな心配はいらなかった。昨日のシェン・ツァオ組のショートプログラムがテレビで見ても本当に良かったので、きょうのフリーを楽しみにしていたのだけれど、ミスをするかしないか、という次元とはまったく別のレベルの演技をしていて、ものすごくいいものを、二人が引退する前に生で見ることができて幸せだった。別格ってこういうことだねぇ。まだ放送前だからこれ以上は書かないことにするが。

 スケートファンの方が結構読んで下さっているようなので、会場で観る方にアドバイス。

○場内は狭いこともあってそれほど寒くはないし、S・A・B席は座面も背もたれもクッションがあるのでクッションは必要無く、膝掛けで十分。RS席はパイプ椅子なのでクッションがあった方がいいかも。

○場内でも飲み物やお弁当やパンや焼そばは買える。アリーナ席入り口のあるフロアの奥。ただRS席は飲食禁止。S・A・Bは座席で飲食が可能。座席がゆったりしているので、おにぎりやサンドイッチじゃなくてお弁当でもよいのでは。東京体育館周辺にはモスバーガーやサブウェイがあるが、休憩時間はどこも行列必至。

○入場したらすぐ、1階入場口横の再入場口で手に再入場スタンプを押してもらうべし。休憩時間にものすごく混むので。

○女子トイレはどこも休憩時間は長蛇の列。早めの行動をおすすめ。

○場内ではFM放送で解説が聞ける。きょうはなんと伊藤みどりさんとテクニカルスペシャリストの天野真さんの2人。ラジオの貸し出しは1000個だそうだがすぐ無くなっていたので、FMラジオを持参すべし。私は機種変更して使わなくなったFMが聞ける携帯を持っていき、片耳で解説を聞きながら演技を見たが、天野さんは技を認定するように一つ一つの要素を、基礎点と減点を含めて紹介していくので、スケートが好きでもっと知りたい人にはとても参考になると思う。伊藤みどりさんは「私はものすごく盛り上がってるんですけど天野さん冷静ですよね」とか、リンクの氷の硬さの話の中で自身の好みを聞かれて「私は硬い氷でボンと飛ぶって感じ」などと笑える発言がたくさんあった。地上波の解説の数倍面白い。実況ひっくるめてとっかえて欲しいぐらい。

○物販ブースは北側と南側で違うので、休憩時間に両方回ってみよう。「ワールドフィギュアスケート」の最新刊は複数のブースで売られているが、新書館のブースだとカイロがおまけでついてくる。ただおそらく数量限定なので買いたい人はお早めに。

○演技順は会場で配っているが、ISUのサイトからプリントアウトした方が見やすい。「Starting Order / Detailed Classification」のところをクリック。

○花束やメッセージが入れられるクッションが会場で売られているが、A・B席(2階席)から投げるのはほぼ不可能。S席でも南側の真ん中は間にテレビカメラとジャッジ席があるので難しい。キス&クライの後ろは、最初「選手じゃなくリンクに投げてください」ということだったのだが、無理だったので途中から「選手じゃなく真下に投げてください」になり、さらに「投げないでください」という張り紙を貼ったもののまた「真下にすみやかに投げてください」になった。選手に直接投げたり手を振ったり会話したりするのはほぼ不可能。

 初日からこんなに長々書いてどうする。まぁお祭りだということでご勘弁。

世界フィギュア開幕

 「いいなー」と言われるのが目に見えているので書かないできたのだが、世界フィギュアのチケットを譲ってくれる方がいて、明日から4日間見に行けることになった。本当に夢のよう。

 以前、冬季国体を見に行ったときのことを書いたが、そのとき私の近くに座っていた人がこのブログを読んでメールを下さった。定価で譲っていただいたのだが、その条件は「今持っているチケットを絶対に空席にしない」というものであった。心からスケートが好きな方だというのがこの一言でよくわかった。
 ペアフリーの日のA席のチケットを持っていたが、もちろん空席になどするつもりはなく、ペアが大好きだという知人のディレクターに譲ったら大喜びしてくれた。

 この方は私のことをよく知らなかったそうだ。ということは、私がテレビに出ているからチケットを譲ってくれたのではなく、私がスケートが好きだと思ったから譲ってくれたということだ。国体を見に行かなかったらこんな出会いは無かった。しかも朝早くから行って席を確保したからこういうことになったのだ。

 ああ嬉しい。生で見られるのが嬉しいし、あの実況にイライラせず演技に集中できることも嬉しい。

春のアサリはおいしいね

 数日前まで地球温暖化について考えていたのに、今週はアサリを毎日食べている。取材先で食べて、買って帰って家でも食べて。もちろん買ったアサリはマイバッグに入れ、レジ袋ポイントも溜めている。

 春のアサリはおいしいね、という内容なのだが、本当においしい。だしがいらないし味付けもほんのちょっとでいい、というか調味料をあれこれと入れるとアサリの良さが消えてしまう感じ。

 解禁前の木更津の海で、特別に潮干狩りをさせてもらったのだが、教えてくれた漁師のおじさんの話が面白かった。アサリは浜に均等にいるのではなく、もぐりやすい砂のところに集まっているのだそうだ。だから、自分の周りを掘ってアサリがいなかったら「あの人いっぱい獲ってんなー、っていう人の近くに行って掘ればいいんだよ」だそうだ。そりゃ獲れるかもしれないが嫌がられるだろう。

 アサリの砂抜きは、砂抜き済みと書いてあるアサリでも、3%の塩水(水500ccに対して塩大さじ1)に30分ほど入れて、新鮮な水で呼吸をさせてやると、中の老廃物が出る。早い話がアサリのお腹の中の糞を出すということだ。やってみると結構出るのでビックリする。水切りバットを使うと、砂や老廃物が水切りの下に落ちるのでオススメだ。

地球温暖化について伝えること

 テレビ番組の視聴率は、翌日の朝配られるデータでわかる。はなまるのオンエアを終えて、反省会のためスタッフルームに戻ると、前日の全番組の視聴率と、はなまるの毎分視聴率のグラフが会議室の机に載っている。どの番組も似たようなことをしているはずだ。

 普段私はあまり視聴率を気にしない。そりゃ悪いよりはいいほうがいいに決まっているが、視聴率を上げるために私個人ができることは特に無いし、いつもの仕事を毎回きちんとやっていくしかないと考えているからなのだが、きのうの視聴率は気になった。

 「地球温暖化」なんていうテーマをはなまるで取り上げたのは初めてだ。今回はディレクターに熱意があったし、私も「どうやったらわかりやすく伝えられるか」をいつも以上に考えた。「不都合な真実」をまだ見ていなかったので、やっている映画館を探して府中まで行ったりした。
 取材先の方と打ち合わせをしていると、次から次へと大変な話が出てくるのだけれど、今回は地球温暖化に何の関心も持っていない人に、恐怖をあおるのではなく現実問題としてどこから始めてもらうか、ということに焦点を合わせた。取材相手は皆さん意識の高い方ばかりでとても協力的であった。

 毎分視聴率のグラフは正直だった。「ではきょうのメニューです」と海保ちゃんが言ったあたりのところでかくっとグラフが下がった。関心の無い人は「地球温暖化」と聞いてチャンネルを変えたということだ。ゼロにはならず、最初に下がったところからは落ちなかったので、見始めた人は続けて見てくれたことになる。ただ番組全体としてはいつもより低い数字になった。残念だがこれが現実だ。

 地球温暖化について、家庭でやれることを考えていくと、結局は普段の家事や買い物や生活のことだから、主婦の方にやってもらうことになる。そして同じことを、子供が将来当たり前だと思ってやれるようしつけてもらわなければならない。主婦の理解無しにはCO2の削減などできないということだ。だから、たとえチャンネルを変えられても放送はしていきたいと思う。

 遅ればせながら私も買い物袋を買った。家に溜まるレジ袋がずっと気にはなっていたが、結局行動していなかったので偉そうなことなど言えない。放送では「できることからはじめましょう」と言ったが、実際自分がそういう状態だ。
 TBSのそばのスーパーで「袋いりません」と言ったら驚かれた。男だし。でも習慣になってきたら、本当に袋っていらないなーと思うようになった。特に最近は原油価格の上昇とコスト削減で、レジ袋はものすごく薄くなっている。重いものを買うとひもが指に食い込んで痛いのだが、自分の袋だとそんなことはないし。

 地球温暖化についてはこちらをごらんください。

ドラリオン

 こないだ新体操日本選抜チームの練習を見に行ったときに、五明先生から「ドラリオンのチケット余ってるんだけど行かない?」と誘っていただいた。観たかったので良かった。

 そういえば「アレグリア2」も五明先生と一緒だった。東京女子体育大学新体操部の卒業生の増田さんが出演者のトレーナーをしていて、前から2列目というとてもいい席を取ってくれた。そのおかげで私はシンガーに手を引かれてステージでダンスをする羽目になったのであった。

 会場に行ったら、五明先生と吉岡コーチ、山﨑浩子さんがいらした。選手達を連れて千葉から2時間かけて原宿まで来たのだそうだ。こういう芸術を見るのも選手にとっては勉強ということ。

 「ドラリオン」は、中国人の出演者が多いこともあるが全体的にオリエンタルな感じがした。アジアの踊りがありインドの踊りがありアフリカの踊りがあり、という調子であった。もともとは雑技団の人なのだと思うが「アクロバティック白鳥の湖」よりはやはり洗練されていた。「アクロ…」の方は幕が開いたらいきなり巨大な白鳥の置物があって、会場にいる全員が口に出さずに「大きなオマル…」と思ってしまったもんなぁ。日本のスタンダードなオマルが白鳥の形をしているとは、中国の方はご存知無いであろう。

 数人ヨーロッパ系の人がいたのだけれど、ジャグリングの男の人が素晴らしかった。最高で一度に8つのボールを投げていたが、ただ投げているんじゃなく、投げているときの体の動きが美しいのだ。踊りながら投げているような。どうやったらあんなことができるんだろう。

 あと、トランポリンに背中から落ちてまた高いところへ戻っていく、というのも、動きが正確で面白かった。ああいうトランポリンの使い方は初めて見た。

 人間、鍛えればいろんなことができるんだなー。芝居や映画と違って余計なことを考えずにひたすら驚いていられるのでスッキリした。もう一回行きたいぐらい。

小鉢の心意気

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小鉢の心意気 阿部なを ちくま文庫

 阿部なをさんは96年に亡くなっているのでお会いしたことは無い。そもそもその頃の私は今ほど料理に興味があったわけでもなかった。
 料理研究家の枝元なほみさんから「私が勝手に師匠だと思っている」と、阿部さんの話を聞いたことがある。それで阿部さんの本を読んでみたいと思いながら、なかなか読めずにいたのだ。

 阿部さんが青森市出身だというのをこの本で初めて知った。季節ごとの随筆には、子供の頃の思い出話が出てくる。戦前のことだから私の知らない青森なのだけれど、それでもやはり私が知っている青森が顔をのぞかせる。梅雨は雨が降ると今は当たり前に思うけれど、青森の梅雨はあるか無いかぐらいだったから、上京した最初の年は鬱陶しかった。そういう忘れていたことが、いろいろな色や音や空気の感じとともによみがえってきて、夢中で読んだ。

 阿部さんは人形作家だったが、離婚して、子供を育てていくために48歳で松坂屋にお店を出した。料理を習ったことが無く、商売すらしたことも無いのに、そのお店を繁盛させ、「きょうの料理」に出演するようにもなる。その話は本の最後の方になってやっと出てくるのだけれど、それを読んで改めて、阿部さんの料理の、素材を慈しむような感じがわかってくる。

 ロハス、という言葉があまり好きじゃない。やっていることはいいことだと思うし、それを批判するつもりはさらさら無いのだけれど、何も外国からそんな考えを持ってくる必要は無いんじゃないか。旬の素材をいただくこと、端まで無駄にせずに味わうこと。この本で阿部さんが教えてくれることは、ロハスと変わらない。

 もうお会いできないのはとても残念だけれど、こうして本を読めるだけでもありがたい。母にも読ませたらきっと懐かしいことがいろいろあるだろう。ちなみに高山なおみさんの解説もすばらしい。
  

お幸せに

 毎月第一土曜日は葛飾FM「どうにもとまらない」の日。番組表では「ど~にもとまらない」になっているが、もともと番組表に載ることなど考えておらず、空いていた枠を月に一度使わせてもらって好き勝手に遊んでいたので、「どうにも」だろうが「ど~にも」だろうがどうでもいいという感じ。ゆるいなー。

 そんな調子なのでギャラはもらっていないのだが、その分私も内容について何も言われず好きなことをしている。以前3時間枠だったときに、じゃんけんで負けた人が近所のコンビニに全員分の飲み物を自腹で買いに行く様子を中継する、というコーナーがあったのだが、改変で2時間になったのでしばらくやめていた。それが去年の10月からまた3時間になったので復活させてみた。
 きょうは私がじゃんけんに負けてしまった。まぁ、中継もインタビューも仕事なので負けても別に困らない。とても暖かかったのでそんなことを言いながら近所のコンビニに向かって歩いていた。

 中継のあいだに、最低一人にはインタビューをする、というのが約束だ。横断歩道を、手をつないだカップルが渡ってきたので声をかけてみた。なかなかの美男美女で、声をかけてもつないだ手を離さない。まさにラブラブ状態だ。

 「手をつないでいるということは、お二人は付き合ってるんですよね?」から始まって、お互いをどう呼び合っているかとか、付き合ってどのぐらいか、などと質問したのだが、全部ちゃんと答えてくれる。それで「きょうはこれからどこに行くんですか?」と続けて聞いたところ「これから婚姻届を出しに行くところなんです」と言うのでビックリした。男性の左手には、婚姻届が入った封筒がしっかりと握られていた。
 なんでも、昨日が結婚式で、3月3日に婚姻届を出そうと決めていたのだそうだ。彼女のお腹には赤ちゃんがいるそうで、まさに今が幸せどまん中。どうりで最初に見たときから堂々としていたわけだ。未来に向かってまっすぐ歩いている感じが伝わってきたもの。

 しかし、幸せな人のパワーってすごいな。たまたま声をかけた初めて会った人なのに、そばにいて話をしているだけでなんだか気持ちが明るくなった。「お幸せに」と声をかけて別れたけれど、こういう言葉がかけられるっていいことだよな。

2番目の理由

 財団法人民間放送教育協会(略して民教協)という名前はあまり知られていないと思う。

「放送を通じて教育の機会均等と振興に寄与することを目的として、昭和42年に文部科学省の認可を受けて設立されました。それぞれの地域を代表する全国34の民間放送局で組織され、既存のネット系列を超えて全国をカバーできる民放唯一のネットワークです(民教協ホームページより)」

ということなのだが、実のところ私も知らなかった。自分がいた局は加盟局ではなかったから無理もない。

 事務局はテレビ朝日内にある。テレビ朝日は昔、NETと呼ばれていたのを覚えているだろうか。もともとは日本教育テレビという名前で、その頭文字がNETであった。学校放送をする民間放送局として開局したが、教育現場ではあまり活用されずに段々と普通の放送局になっていったという経緯があり、そのときのネットワークを引き継いでいるのが民教協ということになる。

 時々「こども放送局」のことを書くが、この番組のプロデュースをしているのが民教協。それで私も民教協のことを知ったわけだ。担当のプロデューサーはもともとテレ朝で番組を作っていた方で、年齢はずいぶん上なのだが、私の番組に対する思いや姿勢を理解してくださって、気持ちも合うのでいつも楽しく仕事をしている。

 とここまでは前置き。鹿児島の南日本放送でキャスターをしている山縣さんから、上京するとの連絡があった。民教協では年に一度「民教協スペシャル」という番組を放送しているのだが、そのコンペに参加した山縣さんの企画が最終審査まで残った。最終審査は審査員の前でのプレゼンテーションで、そのために東京にやってくるのだ。
 ちなみに、24局から37編の企画書が提出され、最終に残ったのは4編。残るだけでも大変なことなのだが、これだけ慎重な審査が行われるのは、最優秀企画には1千万円の制作費が与えられ、全国ネットで放送されるからだ。地方局で番組を作る人にとってはめったに無い機会。

 山縣さんから送ってもらった資料の中に、いつも仕事をしている民教協の方の名前があったので、こないだ「こども放送局」のときに山縣さんの話をしたらとても驚かれた。そして「頑張って欲しいんだよねぇ」と言われたので我がことのように嬉しかった。

 昨日その審査があって、結果が気になっていたのだが、今朝仕事場にタクシーで向かっているときに山縣さんから電話があった。惜しかったのだけれど決まらなかったということであった。

 山縣さんが出した企画は、鹿児島県鹿屋市の柳谷集落を取り上げたものであった。人口が280人余りで、65歳以上のお年寄りが3割以上というこの集落は、いま全国的に知られるようになってきている。「行政に頼らない地域再生」を目指して、欲しい施設は自分達で作り、独自の商品開発をするなどして自主財源を増やしていき、とうとう去年、全世帯にボーナスが配られた。過疎集落はさびれるものだという常識をくつがえすようなことをやっているところで、話を聞けば聞くほど面白い。

 この企画自体は大変評価されたそうなのだが、審査員の一人であるドキュメンタリー映像作家の森達也さんに「毒が無さすぎる」と評されたそうだ。

 山縣さんが以前作った「小さな町の大きな挑戦~ダイオキシンと向き合った川辺町の6年~」という番組は、文化庁芸術祭賞優秀賞、日本民間放送連盟賞優秀賞などたくさん受賞したのだが、この番組についてRKB毎日放送の木村栄文さんという方が「対立が描かれていないのが気になる」というようなことを新聞のコラムで言っていた。木村さんは評価の高いドキュメンタリーを数多く生み出した有名なディレクターだ。

 どうして毒が必要なのだろう。どうして対立を描かなければならないのだろう。逆の言い方をすれば、毒や対立は描くのが簡単だ。わかりやすいからだ。ドキュメンタリーにおいて、毒も対立も無いのに人の心に残るものを作ることがどれだけ難しいことか。

 山縣さんが事前に送った取材VTRを見た民教協のプロデューサーは「見ていると気持ちが温かくなるんだよね」と言っていた。「小さな町の大きな挑戦」は、全国放送の機会が無いので私が東京で上映会をやったが、そのときいただいた感想はこういうものであった。

「一つの環境汚染や、一つの町の問題にとどまらない、人の根っこの部分を締めつけるものが、映像と会場にありました」

「『環境問題』なんていう題材の番組だと、見終わったあと重く苦しい気持ちになるのが常なのに、(正直、番組タイトルだけを見ると、一瞬引きます・・・)この番組ときたら、ユーモアたっぷりで(面白く撮ろうとしてるわけでもないのに)、しかもミラクルの連続で、そして見終わったあとは愉快爽快な気持ちになっていて、びっくりです」

「とかく重く硬くなりがちな環境問題を扱っているのに本当にとても清清しく、微塵も押し付けがましくなく、そして皆さんの熱い思いがまっすぐ届いてくる映像でした」

「私は最初から最後まで、目頭が熱くなり目頭をタオルで押さえつつも、亀甲課長の笑顔や、ユーモアあふれるコメントに笑いながら作品をみていました」


 この番組はたくさんの賞に輝いたが全て2番目だった。1番目はフジテレビのC型肝炎報道であり、明石屋さんまさんが主演したTBSのドラマ「さとうきび畑の唄」であり、SARSと闘って亡くなったイタリア人の医師を取り上げたNHKスペシャルであった。今回もまた2番目。

 1番目になった番組を否定するつもりは無い。どれもすばらしい番組だ。でも、1番目にならない理由が「対立が無い」とか「毒が無い」というのだったら、それは違うんじゃないか。というか、もうそういう時代じゃないんじゃないか。

 山縣さんはずっとゴミの問題を取材してきて、どの現場にも「対立」が必ずあることに疲れて、何か前向きなものに出会えないものかと鹿児島の全ての市町村に電話をかけ、70件目で川辺町の亀甲さんという課長に出会った。その出会いから、奇跡のような出会いがつながって、6年かけてやっと一つの番組になった。これだけの思いと根気強さを持って、人の心が温かくなるような番組を作れる人がどれだけいることか。

 このブログで総理大臣に文句を言ったりしているが、本当は人の心を温かくするようなことができたらいいと思う。それは、今のテレビの世界においては地味で目立たないことなのだけれど、山縣さんのおかげでとても大事なことだと気づくのだ。

薬丸さんのオムレツ

 薬丸料理上手プロジェクト、と題したはなまるオンエア。

 今回はなんといっても、薬丸さんがスタジオでオムレツを作るというのがメインであった。その前に収録もしているのだけれど、とにかくスタジオで作るオムレツがうまくいってくれれば、というのが一番。

 オンエア後の反省会で、プロデューサーが「薬丸さんを持ち上げすぎじゃないか」と言った。オムレツを作ったことが無い人ならそう思うかもしれない。でも、オムレツって本当に難しい。薬丸さんは本当に家でお子さんにオムレツを作っていて、手つきを見ていてそれはよくわかったのだけれど、生放送で、家とは違うガスレンジで、家とは違うフライパンを使ってオムレツを作ることがどれだけ難しいか、私やスタッフはわかっていたので心配だったのだ。

 ロケのときに、こちらが思っていた以上に上手なオムレツができて、堀江先生も私もディレクターも本気で驚いた。その時点で、スタジオで作ってもらうかどうかは決まっていなかったのだけれど、こんなに上手に作れるならスタジオでもやってもらいたい、とみんなが思って薬丸さんにお願いしたのだ。
 他の料理ならこんなに悩まないかもしれない。オムレツってそれだけ難しい。火加減やタイミングがほんのちょっとずれただけで、焦げたり固まりすぎてしまったりする。

 本番前のリハーサルには、岡江さんや薬丸さんは顔を出さない。曜日レギュラーの皆さんは自分のコーナーのリハーサルをやるが、岡江さんと薬丸さんは本番で初めて私達の話を聞き、料理を食べる。
 今回は、薬丸さんがリハーサルでオムレツを作った。生放送なので、どこから薬丸さんにやってもらうかみんな悩んでいたのだが、あらかじめフライパンを火にかけた状態でやってみたリハーサルでは卵が焦げてしまったので、本番では薬丸さんのタイミングでやってもらうことにした。

 リハーサルでうまくいかなかったので、私もスタッフもみんな不安だったが、薬丸さんが一番不安だったと思う。それがわかっていたから、ちょうどいいタイミングでフライパンを火から下ろし、卵がふわふわのところで形を作った薬丸さんには心から拍手をした。たかがオムレツというなかれ。本番であれをやるというのはなかなか大変なことだ。

 CMに入ったところで、薬丸さんが「良かった~!」と言って笑い、私もスタッフも大歓声で拍手をした。なんでもないようなことだけれど、薬丸さんをはじめみんな緊張していたのだ。

 スタッフが「さすが芸能人」と言っていたが、本番に強いというのはテレビに出続ける人の能力として必要なものかもしれない。いくら練習しても、本番がダメだったらしょうがない。

 普段あまり視聴率を気にしないのだが、この日の視聴率のグラフを見たら、薬丸さんが料理を作っている間、視聴率は上り続けていた。見た人がチャンネルを変える気にならなかったということだから、それは単純に嬉しい。

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