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2007年6月

慰安バカ~ンスの料理

 ジンくんのブログに、こないだの慰安バカ~ンスのときに作った料理の画像があったので、いただいて並べてみよう。
 

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 タネを私が作り、みんなで包んでジンくんが焼いたギョウザ。

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 はなまるで紹介した青椒肉絲。これはピーマンしゃきしゃきでうまくできたかな。

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 鶏肉のトマト煮。これは川の学校でも作ったっけ。まず失敗しないし簡単なので嬉しい。余ったピーマンと家にあった缶詰のマッシュルームも入れた。
 
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 これもはなまるで紹介した、塩こんぶの炊き込みご飯。ビン詰めのなめ茸も入れたので甘めの味になったが、ツナを入れるとまた違った味になる。
 
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 翌日の朝食。オムレツの具は豚バラ肉とタマネギを炒めたもの。

 たまにやっても大変なのだから、毎日料理を作っている主婦の皆さんは本当に大変だと思う。以前、主にラジオの仕事をしている同業者の先輩に、はなまるマーケットについて「朝っぱらからなんであんなことをやっているのかわからない」と言われたことがある。他局のワイドショーと比べたら、一年中同じようなことをやっているように見えるのであろう。

 やったことも無い仕事についてよくまぁそこまで言えるものだと驚いたが、既婚の女性で子供は無い方だったので、おそらく家事は最低限のことしかしていないのだろうと思って何も言わなかった。毎日家族のために食事を作ったことがある人だったら、はなまるマーケットを「朝っぱらからあんなこと」とは言わないだろうから。

 それはともかく、こうして並べてみると我ながら頑張ったなぁ。荷物が重かったけどよしとしよう。

ダム見学

 慰安バカ~ンスはとても楽しかったのだがとても疲れた。その疲れが取れないまま、今朝は5時半過ぎに起きて奥多摩湖へ行った。「東京ほっと情報 都議会トピックス」のロケだ。

 この番組は東京都議会の番組なので、東京都が所管するいろいろな施設に行くことができる。大人の社会科見学のようなノリだ(いつもそうとは限らないけれど)。
 今回は、東京都水道局が管理している小河内ダムの取材。小河内ダムは多摩川の上流にあり、このダムで多摩川をせき止めてできたのが小河内貯水池、通称奥多摩湖だ。

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 左の端に見えるのがダム。世の中にはダムマニアがいるらしいが、確かにダムって構造物として迫力がある。いちいちでかい。黒部ダムに行ったときに、人間がこんなものを作れるのかと唖然としたが、小河内ダムも十分大きい。

 取材ということでダムの中に入った。ダムの中、と聞いてもピンとこないかもしれないが、ダムはただのコンクリートの塊ではなく、エレベーターがあって通路がある一つの大きな建物だ。
 そしてダムはいちいち階段が多い。何度階段を登ったり降りたりしたことか。

 野田知佑さんは、ダムが日本の川をダメにした、と語っていた。去年、吉野川に何度も通ったので、野田さんが言いたいことはよくわかる。ダムができると、川の流量は川を維持できる程度に抑えられてしまう。川の流れは必然的にゆるやかになり、川の姿が変わっていってしまう。川らしい流れが減ってしまうのだ。

 その吉野川を変えてしまったダムが、このところニュースに登場する早明浦ダムだ。このダムは高知県にあるが、ダムの水のほとんどは高知以外の徳島や香川に供給される。特に香川県には大きな川が無いので、早明浦ダムの水が減ると即座に影響が出ることになる。徳島に流れ出る川を高知でせき止めて香川の人が助かる、という複雑なことになっているが、四国の水がめであることには違いない。現状では、ダムが無ければ香川県の人は生きていけない。

 小河内ダムは、東京都内にあって東京都が管理しているという珍しいダムだが、この大きなダム湖の水ですら、都民の水道水のおよそ2割だそうだ。残りは利根川水系、つまり東京都外のダムに頼っているわけだから、なんにせよ私たちは水を大切にしなければならない。

 なんだって見る方向を変えればいろんな見方ができる。片方だけ見てあれこれ言っても仕方が無いのが世の中だ。ひとまず両方見てみること、そして考えること。現状は変わらないのだから、私にできるのはそんなことぐらい。

慰安バカ~ンス2日目

 8時過ぎに腕のかゆみで目が覚めた。右腕と顔を蚊に刺されていた。そうだここは山であった。部屋にベープあったのに。

 朝ごはんのメニューはオムレツとスープとサラダとトースト。スープは作るのが面倒だったのでコンソメスープの素を持っていったのだが、昨日のギョウザの具が余っていたので夜のうちに火を通しておいて、朝スープの具にした。

 みんな起きるのが遅かったのでチェックアウトが20分ぐらい遅れたがカンベンしてもらって、ケーブルカーで早雲山に行き箱根ロープウェイに乗ることにした。私とりよんちゃんは荷物が大きいので案内所で預かってもらった。するとハマカナさんが「スタンプラリーだって!」とニコニコしながら台紙を持ってきた。箱根ロープウェイは設備を新しくして今月からオープンしたのだそうで、それを記念してスタンプラリーをやっていたのだ。正直どうでもよかったが一応もらい、みんなで早雲山のスタンプを押した。
 ケーブルカーの駅とロープウェイの駅が繋がっているので乗るまで気づかなかったのだが、箱根の山はすっぽりと雲に覆われている状態で、ロープウェイに乗ってもなんにも見えなかった。ホワイトアウトってこういう状態!? みたいな。

 まず大涌谷で降りてみたが、もう3m先が見えない状態。登っても仕方が無いのでスタンプを押したり駅員さんの服を着てみたり。

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 後ろの子供は誰だろう。

 せっかくなので早雲山から先にも行ってみたのだが、やはり真っ白で何も見えなかった。見えるのは時々すれ違うゴンドラのみだ。ということは向こうもきっとこちらを見ているに違いない(他に見るものが無いから)。ということでシンクロをやってみたりそのまま寝てみたり。

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 やっぱりすれ違ったゴンドラの中の人が見ていたそうだ。バカだなー。

 というわけで、本当にただスタンプを押し、記念品をもらって箱根湯本に戻り、ロマンスカーで帰ってきた。ほとんど観光らしい観光は無かったが楽しかったからいいか。


慰安バカ~ンス

 金曜土曜と、はなまるマーケットの出演者やスタッフの慰安旅行があったのだが、私は仕事で行けなかった。その代わりに、というわけでもないのだが、かつしかFMを一緒にやっている仲間と箱根に行った。題して「どうにもとまらない慰安(いあ~ん)バカ~ンス」。りよんちゃんとおかおさんにスタッフのジンくんとキョウコちゃん、そしてこの話を聞いて「行きたい!」と参加したテルミン奏者のハマカナさん、そして私の6人だ。

 旅行というより合宿のようなノリにしたかったので、箱根の強羅にある貸別荘のようなところに行った。リゾートマンションのような作りで、キッチンがあり、食器や鍋などが揃っているというところだ。
 料理は私が担当して、りよんちゃんはお酒、おかおさんとハマカナさんはおやつとおつまみを買っていった。何を作ろうかと考えて、みんなで作れるからギョウザにした。あとはこないだはなまるを見たジンくんから「青椒肉絲と岡江さんのチャチャっとレシピが食べたい」とリクエストがあったのでその2つと、鶏肉のトマト煮に炊き込みご飯というよくわからないメニューになった。

 材料を持っていくのも大変だなーと思ったが、ふと調味料はあるんだろうかと思って宿に尋ねてみたら、調味料も持っていかなければならないとのことだった。とてもじゃないが全部は持って行けないので、小さい醤油を買ったり、100円ショップで容器を買って小分けにしたりした。この準備が結構大変であった。

 入念に準備をして、朝大きなピギーバッグに詰めていったが全然入らなかった。マチを広げて最大に大きくしても入りきらない。一瞬全部置いていきたくなったがそうもいかない。詰められるだけ詰めて、野菜や軽いものは手提げのポリ袋に入れた。
 家を出て30秒歩いたところで電車に乗るのをあきらめ、通りに出てタクシーを拾った。「新宿駅の西口まで」と言ったらドライバーさんが「地下ですね?」と断定的な返事をした。そりゃあれだけの大荷物なら普通は地下改札から成田エクスプレスに乗るであろう。しかし私は地上改札からロマンスカーに乗るのだ。

 小田急新宿駅に着いたら、みんな私の荷物に大笑いしていたが、酒担当のりよんちゃんも大きなピギーバッグを持っていた。大きな紙パックの焼酎2つにワインを2本買ってきたのだとか。そうでなくてもこれからデパ地下でビールを買うのに、いったいどれだけ飲む気なのかと大笑い。

 それぞれにお弁当とビールを買ってロマンスカーへ。やっぱり車内ではお弁当とビールが無いと旅気分が盛り上がらない。箱根湯本に着いて、箱根登山鉄道に乗り換えて強羅へ向かおうとしたら、ホームに人が溢れているので驚いた。日曜の午後なのになんでだろうと思ったら、登山鉄道沿線のアジサイがちょうど見ごろなのであった。

 ラッシュ時の電車並みの混雑だったが、アジサイは確かにきれいであった。ただそれよりも、車内をカゲロウがものすごく太く大きくなったような虫が飛び回っていて、みんなそっちの方が気になっていた。

 どうにか宿に着き、まずは温泉に入ってから食事の支度。食べつつ作りつつという状態でだらだらと食べた。なんだか家族の食卓みたいで面白かった。作ったものも幸い好評だったのでよかった。まぁ多少まずくてもみんな食べたと思うけど。
 後片付けをしているとき、シンクの中で水が波打ったとかでハマカナさんとおかおさんが「津波みたいだね」と言ったあと、おかおさんが「♪見つめあ~うと~」と桑田佳祐のマネをして「TSUNAMI」を歌った。それが全然似ていなかったので、その似ていないモノマネを真似て、りよんちゃんが「や~め~て~」と横山弁護士のマネをしたので大笑いしてしまった。

 また温泉に入って今度はゲームタイム。おかおさんがトランプとウノを持ってきたが、まず私が東急ハンズで買ってきたハリガリというゲームをやってみた。リンゴやバナナの絵が描かれたカードと、ホテルのフロントにある「チーン」と鳴るベルが入っている。カードの果物は1つから5つまでカードによって数が違っていて、全員が1枚ずつ自分の前にカードを出し、場に出ているカードのうちどれかの果物の数が5になったら「チーン」とベルを鳴らす。早く鳴らした人が場のカードを取る、というルールだ。

 面白いのか面白くないのかわからないままやってみたら結構白熱してしまい、気づくとベルを置いているテーブルの真ん中がうっすら削れていた。まぁもともと古いテーブルだったが、キズをつけてもいけないのでベルはふきんの上に置いて続けた。
 次にトランプで大貧民をやってみた。これは大富豪とも呼ばれていて、ローカルルールがいろいろある。みんなが知っているルールを整理して、4枚出したら革命とか、ジョーカーの次でも3は出せるとか、確認してからやってみた。
 高校1年の頃、放課後ずっとこれをやっていたっけ。久しぶりにやってみたら、なんとよくできたゲームだろうかと感心してしまった。単純に面白いし人間性が出る。

 せっかくなのでウノもやることにしたが、これまた久しぶりなのでルールがはっきりしない。携帯でウノのルールを検索して、それに基づいてやってみた。これまた面白かった。今さらだがよくできてるなぁ。

 そんなわけで大盛り上がりで午前3時になってしまったので寝た。およそ大人の旅行じゃないが、こういうのがやってみたかったので別によい。

苦労知らずの

 今後できるだけ青森の実家に帰ろうと思ったのは、年老いていく親にできるだけ多く会おうと思ったのと、生まれ育った土地である青森のことを、知っているつもりでいて知らないということに気づいたからだった。

 私に限らず、高校卒業とともに地元を離れてそれっきり、という人は、自分が思っている以上にその土地のことを知らない。私の場合は、青森を取材で訪れるたびに「へぇー」と思うことが多々あったことでそれに気づいたが、普通は気づかないまいままなんじゃないだろうか。

 それで、自分のパソコンの「お気に入り」に、青森の地元紙のHPを加えた。ふとしたときにのぞいてみて、青森では今どんなことがニュースなのかを読んでみるのだ。これまたへぇーと思うことが多い。

 きょうの「東奥日報」のサイトの記事にこんなものがあった。

「参院選先送りで県内選管あたふた」

 安倍総理が国会の会期の延長を決めたことで、当初7月22日に予定されていた参議院選挙の日程が、一週間ずれて29日になる方向となり、青森県内の市町村の選管をあたふたさせている、というのだ。

 具体的にどんなことであたふたしているかというと。

○五所川原市では22日と印刷した投票権5万枚を印刷済みだがただの紙くずに。

○八戸市では22日と印刷した広報誌をすでに刷って配布を始めてしまった。近く訂正文を全戸に配布予定。

○29日には県民体育大会など各種スポーツ大会が予定されていて、会場が重なるために開票所や行事の会場、日程を変えざるを得ないケースも。


 青森県でこうだから他の県でも同じことだろうと思って、試しに九州を代表する地方紙「西日本新聞」のサイトを見てみたらトップニュースだった。

○北九州市選管では約10か所の投票所で調整の必要が出てきて「有権者の混乱を防ぐためにも同じ場所で実施したいが…」と懸念。

○大分県選管は各市町村との開票システムの試験を何度も繰り返したが、担当者は「新たな場所でテストし直すしかない」とあきらめ顔。


○鹿児島市選管は投票所案内状約32万枚に「22日投票」と印刷していたため廃棄処分。

○大分市の県立総合体育館で市少年剣道錬成大会を予定していた大分市剣道連盟は、同市選管からの突然の要請を受け、大会日程を1週間前倒し、同22日に変更。「抗議を受けるかもしれないが、仕方がない」


 きっと日本中で同じようなことが起きているはずだ。

 安倍総理が会期を延長することを決めたのは、社会保険庁改革法案や国家公務員法改正案などを成立させたいからだ。どちらも改革は必要だと思うが、与党の圧倒的多数という状況で、無理矢理1週間会期を伸ばして無理矢理成立させるようなものではない。何故無理をするのか。選挙の前に実績を作り、年金問題の逆風を少しでもかわしたいからだろう。

 まともな法案がまともに通るのなら別にいい。でも、社会保険庁改革法案は中身がスカスカだし、国家公務員法改正案も、天下りを無くすために「官民人材交流センター」を作るというのが柱なのだが、もともと同期のうち一人が官僚のトップになったら、残りの同期が全員肩たたきをされて退職するという慣行がおかしいのに、そこはまったく触れられていない。
 そうでなくても、教育関連の3つの法案とか、改正したイラク復興支援特別措置法を、強行採決で通してしまっている。

 どさくさにまぎれてとはこのことだ。大体にして「国家公務員法」を改正するために会期を延長することで、地方自治体が大金をドブに捨てることになるだなんて馬鹿げている。

 この会期延長について鴻池祥肇元防災相が、自らのメールマガジンで「苦労知らずの『仲良し官邸団』の諸君よ。参院は官邸の下請けと違うんやで」と書いたそうだ(朝日新聞)。言いえて妙だな。参院選という大きな選挙の日程を1か月前に変えることが全国的にどういうことを意味するのか、苦労知らずの官邸の皆さんはちっともわからない。

 このところ「安倍総理が嫌いなのか」とブログを読んだ人に聞かれるが、好きとか嫌いというよりも私が感じているものは恐れだ。苦労知らずでお坊ちゃまだけれどプライドは高くて人の話は聞かない。総理大臣だからなんでもやれると思っていて、自分が周りからどう思われているか、周りに信頼されるためにはどうすればいいかなど考えも及ばない。国民のためといいながら大多数の国民の生活などおよそ想像もつかない。こういう人が国のトップとしてやりたいことをやるだなんて恐ろしいのだ。

 悪気があって確信犯でやっているならまだ救いがある。悪気が全く無くて、私はいいことをしていると心から思っているから始末に終えない。以前も書いたが、私は安倍さんのこの「悪気の無さ」がとても怖いのだ。冗談じゃなく、この人は一度挫折を経験した方がいい。負けてみて初めて、人の心を捉えることがどういうことかを思い知るだろう。
 先日読んだAERAの記事に、麻生外相のことが書いてあった。福岡の大財閥の家に生まれたお坊ちゃまで、政治家になったあとも会合で一人ワイングラスを傾けるような人だったそうだが、衆院選で落選してから人が変わり、自ら酒を持って人の間に入っていくようになったとか。

 私は別に麻生さんを支持しているわけではないが、麻生さんにとってこの落選という経験はとても大きく大事なものだったと思う。人間としてひと皮むけたわけだ。
 挫折を経験していない人は素直で正直だが、それは裏を返せば傲慢ということにもなりかねない。私は傲慢な人は嫌いなので、今の安倍さんはいやなのだ。

コクーン歌舞伎「三人吉三」

 先日「メレンゲの気持ち」を見ていたら中村勘太郎さんが出ていて、行きつけのお店を写真で紹介していたのだが、一緒に写っていたのがやはり歌舞伎役者の片岡亀蔵さんであった。

 片岡亀蔵さんの奥さんは、福岡放送で私と同期入社のアナウンサーだった明美ちゃんだ。二人の披露宴、というか披露パーティーに行ったとき、その場にいる人のあまりの華やかさにクラクラしたものだった。見たことのある役者さんだらけだったが、大体にして受付で挨拶をしているのが富司純子さん。

 でも、明美ちゃんが梨園に嫁ぐことについてはなんとも思わなかった。出会ったときから芸事をよく知っていて、着物もたくさん持っていて、でも決して自分が表に出たいという人ではなかったから、歌舞伎役者の妻という大変な仕事も彼女ならできると思ったのだ。

 結婚に伴って明美ちゃんは上京したが、何よりも亀蔵さんの仕事が第一だから、なかなか会えなかった。でも会うたびに、明美ちゃんの顔がきりっとしていくのがわかったので、大変な仕事をちゃんとこなしているんだろうなぁと思っていた。

 まぁそんな仲なので、「さっき亀蔵さんの写真が出てたね」と携帯にメールを送ったところ「コクーン来ないの?」と返事がきた。今月はシアターコクーンで「コクーン歌舞伎」をやっていて、亀蔵さんも出ているのだ。
 そのことは知っていたが、自分の予定がわからなくてチケットが取れなかった。そうでなくてもあっという間に売り切れる。それで「行きたいけど取れるかなぁ? しかも20日の昼しか空いてないんだけど」とメールを送ったところ、無理をして席を取ってくれた。ずるいー! と思う人もいるかもしれないが、明美ちゃんとは16年来のお付き合いなので、私はそのことに感謝するばかりだ。

 前置きが長くなったが、コクーン歌舞伎「三人吉三」を観ることができた。コクーン歌舞伎は2003年の「夏祭浪花鑑」を観ているのだが、これが本当に面白くて胸を貫かれるようなものだった。どんなものかはグーグルで検索すれば詳細なブログが山ほど出てくるのでそちらをご覧いただきたい。そしてこれから書くことも、あらすじを書くだなんて野暮なことはしないのでネタバレはありません。

 串田和美さん演出の芝居はいくつか観ているし、串田さんが出ている芝居も観ているが、このコクーン歌舞伎の串田さんの演出は素晴らしいと思う。
 歌舞伎という枠がある。役者も歌舞伎役者だ。その枠の中で、どこを外してどこを守って、という加減が絶妙だと思う。なーんて書くと偉そうだな。私は歌舞伎そのものも数回しか観ていないしよくわからない。でも、一応両方観てはいるので、これは歌舞伎か演劇かと言われたら、迷い無く歌舞伎だと言える。歌舞伎という枠、言い換えれば制約の中だからこそあれこれ遊べるわけだ。

 この「三人吉三」は、ひとことで言えば因果応報の話だ。親の因果が子に報い、という話。その因果が、現代ではあり得ないほどに密接で深い。
 観ていて思った。これって「麗わしき鬼」のようなドロドロの昼ドラのベースだ。今を生きる私たちは、「三人吉三」の登場人物の誰にも感情移入ができない。そんなことは通常自分の身には起こらないからだ。でも、もし演じられているような密接な因果が自分の身に降りかかったとしたら、やはり苦悩する。悶絶する。耐えられなくて死のうとしたり狂ったりするかもしれない。昼ドラの登場人物が苦悩するように。

 この話はちっとも明るくない。でも、演出と役者の力が素晴らしくて、前半はそこかしこで大笑いしてしまう。何も考えずに笑っていればいいと思う。笑えば笑うほど、クライマックスの凄みや重みが迫ってくるから。

 ……と感想を書いてみたが、きょうは初めて昼の部を観たので、夜の部とのお客さんの違いに結構驚いた。簡単に言うとほとんどがおばさまなのだが、おばさまは芝居の最中も隣の人と喋るのだ。私は歌舞伎座の昼の部を観たことが無いのだけれど、やはりこんな感じなんだろうか。歌舞伎座はコクーンと違って客席が明るいし。

 でもなぁ。ラストシーンで勘三郎さんが客席を見据えているところで(ここで歌舞伎の音楽とは違う曲がかかる)後ろのおばさま方が、笑ったり喋ったりするのには本当に驚いた。そうか、歌舞伎とか商業演劇(新橋演舞場でやるような芝居)には、こういう演出は無いんだな。でも、芝居のクライマックスでなんで喋ったり笑ったりできるのか私にはわからなかった。商業演劇ではありなのだろうか。

 コクーン歌舞伎に欠かせない役者が笹野高史さんだ。歌舞伎役者ではないが、串田さんがやっていた自由劇場の役者さんで、コクーン歌舞伎の常連。
 笹野さんのセリフ回しは、他の歌舞伎役者さんとは違う。そのことについてあれこれ言う歌舞伎ファンもいるようだが、私は笹野さんの存在感はすごいと思う。役を演じることと歌舞伎の様式美の間を、自分の存在感で動いている。普通はどっちかに振られるだろうに。パンフレットを読んだら、役者の中でダントツに年上なのに、とても謙虚にこの役に向かっていらした。
 笹野さんが出ると舞台のリズムが変わる。それを歌舞伎じゃないというのかもしれないが、私はとても新鮮に感じた。歌舞伎役者の味とは違う人間味が出るのだ。
 自分がやってきた歌舞伎と違うことを、勘三郎さんという歌舞伎役者がわざわざやろうとしているのに、笹野さんが舞台でやっていることを自分の歌舞伎の常識に当てはめて考えて、違うだのと批評するのってつまらないことじゃないかな。もともと歌舞伎って自由なもので、だから勘三郎さんがいろいろやっているわけだし。

 私は素晴らしい舞台だと思った。こんなこと、勘三郎さんのほかに誰ができるというのか。私たちは今を生きているが、歌舞伎の世界で今を生きることがどれだけ難しく大変なことか。

 あ、なんかこれ、スケートの話と結構似てるかな。今を生きる人は頑張っている。私たちはあくまでも観る立場で、感想はそれぞれにあっていいけれど、偉そうに批評するのはお門違い、みたいなこと。だって、スケートも歌舞伎もやったこと無いもんねぇ。感想と批評は違うのだが、ブログのおかげで簡単に批評をする人が増えた。いや、批評をしている気になっている人が増えた。もしくは、感想のつもりで批評や批判をする人が増えた。
 歌舞伎でもスケートでも、ずっと熱心に観ていれば自分でもやれるような気になるけれど、だったらやってみたらいい。スケート靴を履いてただ滑るようなことも、着物を着て舞台に立ってただ歩くようなことも、観ているだけの人にはできないんだから。

ピーマンとフミヤさんとヘンテコな食べ物

 きょうのとくまるのテーマは「ピーマン」であった。企画会議のとき、担当ディレクターがピーマン好きだというので決まったそうだ。

 大多数の子供と同様、私も昔はピーマンが食べられなかった。いつから食べられるようになったのか全然覚えていない。でも昔のピーマンって確かに苦くて青臭かった。今ならそれはそれで食べられるような気がする。

 スタジオでは、さっと30秒ほど揚げたものをしょうが醤油に浸したものが大好評であった。私がやぶやサブリさんのところに持っていったのもこれである。ただ私のは、大さじ1杯ぐらいのだし汁を加えたが。
 岡江さんのチャチャっとレシピもおいしかった。さっと湯がいたピーマンと、カリカリに焼いた油揚げとちりめんじゃこを合わせてめんつゆで和えるというもの。ピーマンにはすっかり飽きていたが、岡江さんレシピがおいしかったので家で作ってみた。晩御飯なのでもうちょっとボリュームを出そうと思って、塩と酒を振ったささみをレンジで酒蒸しにしてほぐしたものも加えてみたが、全部淡白な味だからちゃんとまとまった。他には、細切りにしてさっと湯がいたものを塩昆布と和えるのも簡単でオススメ。

 きょうのカフェのゲストは藤井フミヤさん。思い返せば私が高1の頃、テレビをつければ必ずチェッカーズが出ていたっけ。私はかなり前からずっと髪は短いのだが(朝出かける前の支度がラクだから)あの頃は「短く切ってください」と言うと、もれなくフミヤ風にされたものであった。短髪なのだがスポーツ刈りではなく、サイドを短く刈り上げてトップは長め、でも長さがまちまち、というスタイル。

 もっともデビュー当時のフミヤさんは、前髪の真ん中だけを細長く伸ばしていて、高校生だった私はさすがに真似するわけにもいかなかった(というか真似する気も無かったが)。そんなフミヤのヘアを真似したくてもできないという若者のために、細長い前髪のつけ髪というヘンテコなグッズが発売された。おでこの生え際に貼ると、ほらこれでアナタもすっかりフミヤヘア! という代物であったが売れたかどうかは知らない。

 フミヤさんもいまや2児の父。そりゃ私も歳をとるわけだわな。

 ところできょうの「麗わしき鬼」には、恒例のヘンテコな食べ物が登場した。「真珠夫人」で話題になったたわしコロッケから、「牡丹と薔薇」の財布ステーキ、「偽りの花園」のわらじカツレツ、と続いているわけだが、今回は「携帯電話ショートケーキ」であった。そうきたか。食べさせられる役の人が「なんのつもりだ!」と驚くのもお約束。

オタクな会合

 学生時代から知っていて、現在は制作会社でADをしているTくんが、京都の醍醐クラブというスケートクラブを取材したときに、やはり取材に来ていたライターの青嶋さんという方と知り合い、たまたま私の話が出たという。
 「知り合いのアナウンサーでスケートが好きな人がいて」とTくんが言ったら「ブログ読んでます」みたいな会話になり、一度3人で会いましょうということになって、それがようやく実現した。

 フィギュアスケート関係の本などを読んでいれば青嶋さんの名前はよくお見かけするので、お会いする前から存じ上げていた。むしろ、青嶋さんが私のブログを読んでいたというのが驚きであった。
 実は先日の中京大学のスケートリンクのオープンのときに青嶋さんにはお会いしていた。本当はTくんも見に行く気マンマンだったのだが、仕事があって来られなかった。その後、青嶋さんの取材の都合やこちらの仕事の都合もあって、なかなか3人で会う機会が作れず、ようやく3人での会合が実現したわけだ。

 会場をどこにしようかな、とネットでお店を検索していたら、個室で好きなDVDが見られるという居酒屋が引っかかった。これは面白い。せっかくだからTくんに昔のスケートの映像を見せつつ飲むというオタクっぽい会にしようと思ってその店に予約を入れた。

 いつのどんな映像を持っていこうかと考えて、2003年の全日本選手権の録画を持っていった。浅田真央選手が小学6年で全日本に初出場して3+3+3を飛んで話題になった大会なのだが、その他にも中野友加里選手が3アクセルを降りたり、太田由希奈選手が最終滑走で素晴らしい演技を披露したりと、今見ても興奮する試合だったからだ。ちなみにTBSはこのシーズンを最後にフィギュアスケートの中継権を手放した。つくづくもったいないことをしたと思う。私以上に当時の現場のスタッフが悔しい思いをしていることだろう。

 スケートの試合を観ながら飲むというのはおよそ変わった会合なのだが、3人ともスケートが好きなので(Tくんとは一緒に群馬国体を見に行った)あれこれ思い出を語りながら楽しく飲んだ。青嶋さんと話しながら、取材者として同じような考えだと思ったのは、私たちはただのファンでもなければ批評家でもない、というようなことだった。選手に会えて嬉しいな、とかいう気持ちでは取材はできない。かといって、自分で滑ってもいないのにあれができないこれができないだのと安易に言いたくもない。

 選手たちはそれぞれに、現在自分がおかれている状況の中で頑張っていて、青嶋さんも私も、そのことを尊重し尊敬しているというようなことだろうか。いろいろ外野から言うのは簡単だが、どんな熱心なファンよりも選手の方が辛くて大変だ。当たり前のことなのだが、それを忘れている人が増えているような気がする。滑っているのはアナタじゃなくて選手だよ、という単純なことなのだけれど。

 私はスケートにおいては今のところ取材者ではないが、それなりに多くのスポーツ選手を取材しているので、たとえ好きなスポーツであっても、選手に会えて嬉しいな、わーい、みたいなことにはもうならない。好きな選手はいるがファンというのとはちょっと違う。アナウンサーになってから見方が変わったんだと思う。

 青嶋さんは「スポーツライターになりたい」というメールをよくもらうのだそうだ。スケートが好きで、選手の話が聞けて試合も見られるなんて、ライターってなんていい仕事! みたいなノリなんだと思う。
 でも、青嶋さんだけじゃなく、今スケートについて書いているライターの皆さんは、ほとんど手弁当で(つまり、交通費や宿泊費はかなりの部分で自腹を切って)取材を続け、書ける媒体を探し、もしくは媒体を作って今に至っている。どんな世界だって、好きなことが即仕事になるなんてまずあり得ないのだ。

 今どきの大学生の中には、卒業してすぐフリーライターになろうとする人も多いそうだ。青嶋さんは「とりあえず就職してみたら?」と勧めるそうだが私もそう思う。私の場合だと、せっかく地方局とはいえアナウンサーになったのに、2年か3年で辞めてフリーになる人(ほぼ女性)が多いのはとても残念に思う。お給料をもらいながらいろいろ経験できて学べるのに、ろくすっぽ学ばないまま辞めちゃうなんてもったいない。

 自分の意に沿わなくても、なんでもやってみれば経験になるし財産になるし力になる。2年とか3年アナウンサーをやっていても経験が足りないな、と思うくらいだから、卒業してすぐフリーライターになるだなんてかなり無謀だと思う。もちろん、どちらも才能や力が並外れていたら話は違うかもしれないが、通常は経験を伴わずに才能だけで生きていけるほど世の中甘くない。

 話がずれたが会合はとても楽しかった。DVDが見られるというのも面白かったので、今度は例えばアナウンサー仲間で「お互いの新人時代の映像を持ってくる」とかいう会をしたら楽しいような気がする。あ、自分のも持ってくるんだから楽しくはないか。他人のを見ている分にはものすごく楽しいんだけどねぇ。

毒の総合商社

 きょうの「麗わしき鬼」より。

 「愛してない、ちっとも好きじゃない…毒のかたまり…毒のデパート…毒の総合商社!」

 なりゆきで愛していない女性とともにホテルに行き、ベッドに押し倒すシーンのセリフなのだが、私は手を叩いて大笑いしてしまった。あんまり面白かったので巻き戻してもう一度見てまた笑ったほどだ。

 演じる役者さんは上半身裸で真顔でこのセリフを言ってからベッドシーンに入るわけだから本当に大変だと思う。これ真顔で言えないよ普通。

 元ネタは社民党の辻元議員が鈴木宗男議員に言った「あなたは疑惑のデパートじゃなくて疑惑の総合商社です」という言葉だが、辻元さんも自分の言ったことがこうして再活用されるとは思ってなかっただろう。

 面白いので機会があったら誰かに言ってみたいが、そんな機会がちっとも思いつかない。「毒のデパート」なんて呼べる人そうそういないし。

後ろから前から

 向田邦子さんの「夜中の薔薇」というエッセイを読んでいたら、こんな一文に目が留まった。

 謝りながら母が瀬戸の火鉢で、浅草海苔を火取っている。

 瀬戸の火鉢もすっかり見かけなくなったが、私がひっかかったのは「火取る」という言葉であった。火であぶる、という意味で広辞苑にも載っているが、私自身はこの言葉を使ったことが無いと思う。大体にして最近の海苔はあぶらなくてもよくなった。

 こうやって忘れられていく言葉がある一方で、不思議な言葉が増えてゆく。コンビニ店員の「千円からお預かりします」は、もういちいち反応しないぐらいに慣れてしまったが、最初はものすごく違和感があった。「千円」からいったい何を預かるわけ!? といちいち聞いてやりたくなったものであった。

 先日、近所の串揚げ屋のカウンター席に座っていたときのことだ。私の前には大きな皿にキャベツが山盛りになっていて、頼んだ串揚げが揚がるとその都度キャベツの上に置いていってくれるのだが、男性の店員さんが毎度毎度「前から失礼します」と言って置いていくのだ。しまいには頼んだ焼酎を「前から失礼します」と言って出された。

 カウンターの中で揚げているので、揚がった串を前から出されても特に失礼だとは思わない。むしろ串揚げ屋だから当たり前だと思う。実際、揚げを担当している人は「前から失礼します」とは言わず「はい、うずらです」などと言いながら串を出している。

 どうでもいいのだが他にお客さんもいなかったので「別に前から出しても失礼じゃないですよ」とその店員さんに言ったらきょとんとしたが、横で揚げ担当の人が「そうですねぇ」と笑い出した。全員が言っているわけではないようだ。

 そこから「何で前から失礼って言ってしまうのか」という話になった。揚げたては熱いし串もとがっているので、注意してくださいね、という意味で何かしら言いながら出すことにはしているが、特に後ろから飲み物や串を出すときに「後ろから失礼します」と言うことはあるそうだ。その「後ろから失礼します」がクセのようになって、前から出すときにも「前から失礼します」と言うようになったんじゃないか、というのが揚げ担当の人の推論。なるほど。

 するとさっきの店員さんが「前お客さんに、後ろから失礼しますって言ったら、別の言い方をしてみろって言われたんです」と言った。たぶん毎度丁寧に言うのでちょっとからかってみたのだろう。それで何と言ったのかと尋ねたら「後ろからいきます、って言っちゃって、しかもお客さんが女性だったんで大変な感じになっちゃって」と言うので大笑いした。後ろからいっちゃだめだわなぁ。

 それでふと思い出した。新宿高島屋の上にある「つな八」という天ぷら屋に行ったときのことだ。仕事仲間とテーブル席でランチを食べていたのだが、女性の店員さんが揚がった天ぷらを持ってくるたび「後ろから手が出まーす」と言うのだ。確かに後ろから手が伸びてきて皿の上に天ぷらを載せていくのだが、この場合は「後ろから失礼します」でいいんじゃないだろうか。「手が出まーす」って。

 その話をして店員さんにもウケたところで、焼酎のロックを頼み「じゃあ違う言い方でお願いします」と言ってみた。店員さんはちょっと悩んでから「こちらまんこいのロックになります」とグラスを差し出した。

 この「なります」も最近ものすごく多い。私は面白がって「ええ!? 今からこれがまんこいのロックに変身するんですか!?」と大げさに言い、揚げ担当の人はまた大笑いであった。
 これもどうしてなのかみんなで考えてみた(店がヒマだったのだ)。おそらく、会計のときの「5千円になります」の「なります」が、丁寧語として他の場合にも使われるようになったんじゃないか、ということになった。会計のときはいいのだ。「(あれとこれを食べた合計の金額が)5千円になります」ということだからだ。でも「まんこいのロックになります」はおかしい。最初からグラスの中身はまんこいのロックだ。

 高島俊男さんの「お言葉ですが…8 同期の桜」という本を読んでいたら、こんなことが書いてあった。病院に行くと「きょうはどういうことだったでしょうか」と過去形で聞かれるというのだ。「きょうは保険証のほうはお持ちではなかったでしょうか」とか。文章はこう続く。

 食いもの店ではさすがに、「カレーライスでした」と過去形でカレーライスを持ってくることはないが、そのかわり「カレーライスになります」と未来形で言うのが全国統一パターンであるようです。

 カレーライスでした、と持ってくる店があったら大笑いだが、食いもの店でも過去形はある。「ご注文はカレーライスでよろしかったでしょうか」というやつだ。たった今注文したばかりなのに。

 日本語の性質として、直接的にモノを言うよりも、少し遠ざけて言った方が失礼にあたらないということがあって、こういう時制のズレが生じると言われている。「よろしかったでしょうか」は北海道の方言が広がったという説もあるそうだ。
 起源はともかく、こういった言葉には共通点がある。日常では使わない、接客の時限定の言葉だということだ。しかもコンビニやファミレスなど、接客のレベルを要求されないところでよく耳にする。なんとなく丁寧っぽいので言っているだけでなんにも考えちゃいない。

 しばらくして新しいお客さんがやってきた。この店ではまずキャベツとソースを出す。さっきの店員さんがいったい何と言ってソースを出すか聞いていたら「えー、ソース、ですっ」と言ったので揚げ担当の人とともに下を向いて笑いをこらえた。「ソースになります」と言いたいのをぐっとこらえているのがもろわかりであった。

 こんなことを書いていると「アナウンサーは日本語に細かい」と思われそうだが、そんなたいそうなことじゃなくて、店員さんが面白かったから突っ込んだだけ。そういえば店員さんとやりとりをしつつ、畑中葉子さんの「後ろから前から」という歌を思い出したが店員さんは知らなかった。古かったか。というか今考えてもすごい歌だな。

 何の話してんだか。

売るほどのピーマン

 阿蘇から帰って今度ははなまるのロケで茨城のピーマン農家へ。

 最近のピーマンはほとんど苦味が無いのだが、おじゃました神栖市のJAでは、全員が「みおぎ」という品種を作っている。もっと育てやすい品種もあるそうだが「みおぎ」は苦味が無くて香りがいいのだそうだ。
 ハウスの中で生でかじってみたら本当に香りが良くて苦味が無くみずみずしい。それにしてもピーマンを生でかじるだなんて、子供の頃の自分だったら信じられないだろう。

 取材のあと、山のようなピーマンをいただいた。冗談じゃなく売るほどあった。私も自分で持てるぐらいの量を持って帰ってきたが、とてもじゃないが自分ひとりでは食べ切れなかったので、ママ友達の(私はママじゃないけど)やぶとサブリさんにおすそわけすることにした。料理するにも大変だなと思って、揚げ浸しも作って持っていった。

 こちらも用事があったので、家には上がらずただ置いて帰ってきたのだが、役に立ってよかった。それでもまだたくさんあったのでタンちゃんに電話をしたら、中川わにさんと打ち合わせがてら食事をしているというので、そこにもピーマンを持っていった。ついでに阿蘇みやげの馬刺しジャーキーも持っていったのだが、わにさんからは熊本みやげだといって熊本ラーメンをもらった。なんだろうこの熊本物々交換。

 ひたすらピーマンを配りまくったが、まぁ無駄にならなくて良かった。食べものが傷んでいくのってすごく寂しいもんなぁ。

たまには

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自分も写ってみよう。

阿蘇山火口

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行こうとしたら火山ガスのためロープウェー運休。残念。

鉄橋を渡る

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トロッコ列車。

今日も阿蘇

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いい天気です。

乗ってます

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窓が無いので風が気持ちいい~。

これから

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トロッコ列車に乗ります。

そこは

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日本一高い鉄橋の上(現在営業中の川にかかる鉄道橋として)

トンネルを抜けると

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阿蘇高森名物

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田楽。ヤマメは生きたまま串刺しにして焼きます。

阿蘇に来てます

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誰だっけ?

 火曜日の「ロンドンハーツ」で「誰だっけ!?グランプリ」というのをやっていた。芸人さんに、さも以前仕事をしたことがあるかのように話しかけて(実際は初対面)どこまで会話が続けられるか、というような内容であった。

 意地が悪い企画だなーと思いながら大笑いしてしまった。他人事じゃないのだ。毎日毎日ひたすら初対面の人に会う仕事なので、申し訳無いと思うのだかどうしても全部は覚えていられない。でも相手にとっては、私は一度会って話をしている相手だから、初対面の相手に話しかけるのとは明らかに違う雰囲気で声をかけてくる。

 このとき「覚えていらっしゃいますか? 以前○○の取材でご一緒した△△です」のように話しかけてもらえると、会話の断片からなんとなく思い出せることが多い。でも「いやー先日はどうも」みたいな感じだと「ええと誰だっけ?」「先日っていつ?」「どこで会ったんだっけ?」といった疑問が頭の中でぐるぐる回る。回りつつも話しかけられているので「いえ、こちらこそお世話になりました」みたいなことをとりあえず言ってみるのだが、頭の中はフル回転である。

 それでも、本当に仕事をしている人なら、最終的にはなんとか思い出せるのでいい。一度も仕事をしたことがない人に話しかけられることも時々ある。
 以前、TBSの玄関を出たところで、前から歩いてきた男の人が私を見て「あっ」という顔をしたので「あれ、仕事したことある人かな」と思ってこちらも「あっ」みたいな顔をしてしまったところ、その人は小走りで私のところへやってきて「どうもごぶさたしてますー」と言った。
 ごぶさたというからには結構前に会った人なのかな、と思いつつ「こちらこそー」と返事をしたが誰だか全然わからない。それでも会話は続くのだ。

 「今終わりですか?」「ええ、ロケが終わったんで」「最近忙しいですか?」「まぁぼちぼちですねぇ、そちらはいかがですか?(誰だかわからないのでこちらから質問)」「まぁ相変わらずですねー」

 質問をしたものの誰だかわからない。こういう時に有効な質問がこれだ。

 「今も同じ番組やってらっしゃるんですか?」

 ディレクターは改編とともに番組を移ることが多々あるので、この質問は失礼ではない。ただし、同じ番組だった場合は「はい」で終わってしまうので意味が無い。
 幸いこのときは「あ、俺番組変わったんですよ」といって相手が名刺を出した。それで私も「お持ちかもしれませんけど」といって自分の名刺を出して交換した。

 その人の名前にも覚えが無かったし、やっている番組や担当の企画からして、おそらく一度も仕事をしたことのない人であった。こちらはうっかりテレビに出てはいるがそれほど有名ではないので、相手は「あ、見たことあるけど誰だっけ?」と思ってとりあえず話しかけてくれたのだと思う。

 名刺を交換したあと「じゃあまた」と言って別れたが、もちろんその後一緒に仕事をすることなど今に至るまで無い。彼が担当する番組で仕事をすることはまずあり得ないからだ。

 これはお互いが同じ業界で、出会った場所がテレビ局の前だから起こったことだが、新宿駅で女性にこう声をかけられたことがある。

 「あら、今帰り?」

 話しかけられた女性にまったく覚えは無かったのだが、私は「あ、はい」と返事をしてしばらく会話を続けた。

 アナウンサーなので「テレビに出てますよね」とか「あ、アナウンサー」などと声をかけられることはよくある。そういうときは「あ、どうもー」と照れつつ頭を下げるのだが、このとき私は相手を業界の人だと思った。声をかけられたのは午後1時過ぎで、普通はみんな働いている時間なのだが、当時早朝の番組を担当していたので帰りがそのぐらいの時間になる。その特殊さをわかっているかのような口ぶりだったのと、女性がテレビ局で仕事をしていてもおかしくない感じのピシッとした服を着ていたからだ。

 会話を続けたといっても「忙しいの?」「まぁぼちぼちですね」みたいなことで、1分ぐらいで私の方から「それじゃ次の予定があるので」と切り上げた。すると相手の女性はニッコリ笑ってこう言った。「いつもテレビで見てるわよ、頑張ってね!」

 えええ! 一般の人? と驚きつつ、手を振りながら去っていくその女性を呆然と見送るしかなかった。いつもテレビで見ているとはいえ、初対面の人にどうしてあんなに普通に話しかけられるんだろう。

 まぁそんなわけで、初対面の方にも二度目の方にも失礼があるかもしれないがお許しいただきたい。私の能力ではお会いした全ての方を覚えられないのだ。二度目の方は、何かしらヒントを出しつつ話しかけていただけると思い出せるのでよろしくお願いします。ってワガママな話なんだけど。

世界フィギュアの時にいただいたメールについて

 3月の世界フィギュアの間、尋常ではない数のアクセスがあった。そしてスケートファンの方から結構な数のメールをいただいた。本当に結構な数だったのだが、私は世界選手権が終わってからなんだか気が抜けて、日々の仕事を迷惑をかけないようにやるので手一杯だったので、お返事を書く余裕が無かった。
 今でも余裕があるわけではないので、いただいたメールを読んで思ったことを改めて書いてみることにした。個別にお返事ができなくてごめんなさい。

 誰のどのメールというわけでなく何通もいただいたが、意外に思ったのは「浅田選手のPCSが高すぎるのではないですか」という質問だった。正直に言うと、日本で行われた大会で、日本人選手が高い得点をもらったことに対して「高すぎるのでは」という反応があるとは思っていなかった。
 あと「現時点では浅田選手よりもキム・ヨナ選手の方が表現力がある」というものもあった。

 まずはじめに。私はスケートが好きなのでこうしてスケートのことを書いてはいるが、ジャッジではない。私はスケートに関してはあくまでも一ファンだ。他のファンの方と何かが違うとすれば、トービル・ディーン組がサラエボ五輪の前のシーズンの世界選手権で、芸術点で全てのジャッジから満点をもらったのを覚えているぐらいに観戦歴が長いこととか、スポーツ選手の取材歴があるのでいろいろなことに対して一歩引いた立場で考えられるとか、自分でも靴を持っていて滑ったことがあり、昔は1回転ではあるが数種類のジャンプが飛べたので、滑ったことが無い人よりはスケートのことがわかる、といったことぐらいである。
 くれぐれも言うが、私は選手でもジャッジでもないし専門家でもない。そして、好きな選手はいるが、誰か特定の個人のファンというわけでもない。単純にスケートが好きなだけだ。

 YouTubeでは各国の中継を見ることができる。浅田選手を始め、日本の選手のことを外国の解説者がどう見ているか、日本にいながらにして把握できるようになった。著作権の観点からどうなのか私にはわからないがありがたいことだ。

 真央ちゃんに関しては、アメリカのディック・バットンさんもペギー・フレミングさんもベタ褒めだ。アメリカの選手でもないのにベタ褒めなんだから、我々日本人ファンは素直にありがとうと思えばいいと思っている。2人ともめったに選手を褒めないし。

 私個人の感想としては、世界選手権の真央ちゃんの演技はとても曲に合っていたと思っている。一つ一つの動きが全部音楽に合っている。当たり前だと思うかもしれないが、今のルールではなかなかできることではない。
 このことをどう言葉で伝えたらいいのかわからなかったのだが、YouTubeにこんな動画の投稿があった。真央ちゃんの今シーズンの演技を、世界選手権の音をベースにして4分割画面にしてまとめたものだ。

[Comparative]Mao Asada Nocturne
[Comparative]Mao Asada Czardas

 これはとても面白い映像であった。特にフリーのチャルダッシュ。途中のサーキュラステップを、世界選手権ではストレートラインに変えたのは、ファンなら皆さんご承知だと思うが、そのことで演技のどこがどう変わったかが、この映像でよくわかる。

 会場で生で観て、最後までスピードが落ちないどころか疲れも遅れも見せなかったのは真央ちゃんだけだったから、スケーティングスキル(滑りの技術)に関して8点台が出たことについてはなんとも思わなかった。私にメールを送ってくれた方が疑問に思っているのは、演技力や曲の解釈といったところで8点台が出たところではないだろうか。

 上のリンクの「チャルダッシュ」を見るとわかるのだが、世界選手権のフリーでの真央ちゃんの演技は、ほとんどの要素のタイミングが曲にちゃんと合っているのだ。これは最初から合っていたわけじゃないのが、4画面で比べるとわかる。1シーズンかけて、プログラムに手を加えて、いちばん曲に合うように演技を変えてきたのだ。

 サーキュラからストレートに変わったステップのところを、もし見直す気がある方は見ていただきたい。サーキュラ、つまり円のステップでは見えづらかったスピードの変化が、世界選手権の演技ではしっかり見える。この「チャルダッシュ」という曲の難しいところは、同じようなメロディなのにテンポに緩急があるところなのだが、真央ちゃんのステップは曲が速くなるにつれてちゃんとスピードを増している。

 そういう観点でその後の演技を見たら、緩急だらけのこの曲に、真央ちゃんが全てのステップ、スピン、ジャンプのタイミングを合わせていることがわかると思う。弊害はあって、曲に合わせたために、スパイラルがレベル3になったり最後のレイバックスピンがレベル1になったりしている。でも、そのレイバックスピンを終えて最後のフライングスピンに入るときのタイミングですら、見事に曲に合っているのだ。4分の演技のいちばん最後で、最高に疲れているところなのに。

 もともと難しい曲なのに、13ある要素のほとんど全てを曲に合わせて滑ったのは真央ちゃんだけだったような気がする。今のルールでそれをやるのがどれだけ難しいことか。キム・ヨナがノーミスで演技をやったらどういう評価が出たかはわからないが、私は真央ちゃんのPCSの評価が高すぎるとは思っていない。

 これは私の感想であって、私にメールを下さった方は自分の感想を持っていて構わないと思う。ただ、ルールが以前より明確になり、ルールによって選手の演技の内容や採点を分析できるようになったために、演技を正直に見られなくなってはいないだろうか。ジャッジと同じように演技を見るのも一つの見方だけれど、ジャッジではない人が、ルッツのエッジが違うとか、スパイラルの秒数が足りないとか、スピンの回転数が足りないとか、そういうところばかりを気にして演技を見たがために、選手の持つ光や魅力を見失ってしまったらもったいないと思っている。だって、私らは所詮素人でただのファンなんだから。

 ジャッジの評価がどうだろうと、好きになった選手が好きな選手。それでいいんじゃないだろうか。もちろん、私にメールを下さった方全てが、スケートに愛情があるのはよくわかった。ただ「中野選手には早く巻き足を直してもらって」というような内容は、正直に言うと悲しかった。「巻き足を直して」と言うのは簡単だけれど、中野選手がずっとやってきたあのジャンプの飛び方を「直す」ためには、シーズンを1年棒に振って、それでできるかどうか、ぐらいの覚悟が要るだろう。「巻き足を直して」と書いた方は、どれだけそのことの大変さや辛さがわかっているだろうか。
 中野選手はあれでジャンプを飛んでいる。本人が長年頑張ってあそこにたどりついている。あの形を変えるかどうか、決めるのは中野選手本人であり、そのことがどれだけ大変なのか想像もつかないし経験もしていない人は、黙って見ているしかないと思うのだ。コーチとして面倒を見られるわけじゃないんだから。

 その他にもいろいろ質問をいただいたが、前述の通り私はジャッジでも関係者でもないし、シーズンはずれにスケートの話を長々書くのもどうかと思うのでこの辺にしておく。異論はあるだろうが別にそれでいい。あなたの見方がそういうものだというだけだから。
 私は私で、ずいぶん長い間、スケートを私なりに真面目に大事に見ているからこういう感想になるだけ。ただそれだけのこと。

年金問題とピノキオの鼻

 普通はまず見ないが、いわゆる「消えた年金」の問題についてわからないところがあって、自民党のHPを見てみた。トップページは拳を突き上げている安倍総理で、ほどなく右下に「あなたの年金は大丈夫です!!」という文字が現れる。(追記:6日夕刊フジの記事によると、数日前までは「ご心配はいりません!! あなたの年金が消えたわけではありません!!」だったが変えたそうだ)
 ここをクリックすると与党案が見られるわけだが、読んでみたら疑問と不安だらけというのが正直なところであった。

 安倍総理が公約として挙げたのが「今後1年間で、未確認の年金記録5000万口すべての名寄せを完了させます」ということだ。
 以前は、就職や転職、結婚による改姓で、一人が複数の年金を持っていた。10年ほど前に「基礎年金番号」という制度が導入され、一人に一つの年金番号を与えて、複数の年金を一括で管理するようになったのだが、依然として5千万件の年金が統一されていない。

 「名寄せ」というのは、その年金が誰のものかを確定して統一する作業のことをいうが、台帳からコンピューターに入力したときの入力がいい加減だったため、名寄せが難しくなっている。だから今まで放っておかれた。それどころか、本人が「年金が少ない」とか「この時期は加入していたはずだ」と申し出ても「記録にない」「確認できる書類を出せ」「5年の時効を過ぎた」と、事実上門前払いしてきたのだ。

 安倍総理は、この「1年以内に名寄せ」という公約を出す数日前、国会で野党の質問に対し「じゃあ領収書が無くても全部払えっていうことですか?」と逆ギレした。このときまではこういう認識であった。ところが内閣支持率が劇的に下がったため、慌てて「1年以内」という方針を打ち出した。

 この「1年以内」には根拠が無い。もちろん速やかに事務処理を行う必要があるのは当たり前だが、5千万件を単純に365日で割ると14万件近くになる。土日も休まず事務処理をしても、1日14万件やらないとできない。
 これは無理なので、現在60歳以上の人の2880万口について優先的に作業を進めるとしているのだが、それでも土日を含めて1日8万件近くやらなければならない。これをいったい誰がやるのか。社会保険庁と社会保険事務所の職員が日常業務の合間にやってできる量ではないし、だからといってアルバイトを雇ったり外注してすんなりできるものでもない。大体にして個人の年金額や年金番号は立派な個人情報だ。だから社会保険事務所に年金の相談に行くと、個室に分かれたブースに通されるのだ。簡単に外注されたら困る。

 自民党のHPではまずこういった内容を説明したあと「自民党があなたの年金を守ります!」という文字に続いて、基礎年金番号を導入したときの厚生大臣が、現在民主党の代表代行である菅直人氏であったから、責任は菅氏にあるとしている。まるで民主党が悪いと言わんばかりだ。
 何をか言わんやとはこのことである。このときの内閣総理大臣は橋本龍太郎氏であった。そして、10月に基礎年金番号実施関連の省令が改正されたあと、11月に厚生大臣を引き継いだのは小泉純一郎前総理だ。こういったことは一切書かれていない。

 さらに自民党HPでは、社会保険庁の労働組合「自治労国費評議会」が、民主党の最大の支持母体であるとしている。悪いのは怠慢な職員で、その職員を守っているのは民主党だ、というのである。

 社会保険庁の職員が怠慢なのはそうだろうが、職員だけが怠慢だったのではない。そもそも社会保険庁を改革しようという話が出たのは今回の問題が原因ではない。
 2004年、公的年金の流用が問題になった。国民が納付した保険料、つまり将来受け取る年金の基になるお金が流用されていたのだ。

 グリーンピアという名前の保養施設を13か所作り、関連する法人が厚生労働省や社会保険庁の職員の天下り先となっていた。グリーンピアは赤字を垂れ流し、結局ほとんどが安く地元自治体に譲渡された。
 ろくでもない話だが、これは国民が利用できる施設だからまだいい方であった。他に「職員宿舎の建設」「公用車の購入」「職員の福利厚生費」など、国民の生活とは関係ないところにまで流用されていた。

 将来受け取るために、言ってみればいったん国に預けているお金を、勝手に職員の福利厚生などに使われてはたまらない。だから社会保険庁を改革しようということになった。

 社会保険庁改革について、自民党HPにはこう書かれている。

「与党は、社会保険庁を解体し、「日本年金機構」として非公務員化します。旧社会保険庁の職員をいったん退職させて、まじめに仕事をする人だけを再雇用します。主な業務は民間委託しますので、税金はぐっとかからなくなります」

 一見いいことのようだが実効性には疑問がある。まず「非公務員化」とあるが、それでは職員の給与はどこから支払われるのか。そもそも私はここが気になって自民党のHPを見たのだ。

 わからないので社会保険庁のHPにある「社会保険庁は変わります宣言」というのを読んで驚いた。こんなことが書いてあった。

年金事務費については、平成17年度より、財源区分の整理を行い、
①職員人件費や内部管理事務経費は、国庫負担
②適用・徴収・給付等の保険運営に直接関わる経費は、保険料負担
としています。


 「非公務員化」される日本年金機構の職員の給与は国が支払うというのだ。国から給与をもらうが公務員ではない、というわけがわからない状態になっている。しかも、保険運営に関わる経費は、国民が払っている保険料から負担するという。
 呆れてしまう。自民党HPには「主な業務は民間委託しますので、税金はぐっとかからなくなります」とあったがうそっぱちだ。税金がかからなくなるのは、人件費以外の経費を、将来国民に還元するべき保険料から支払う部分だけではないか。つまり国民が負担することに変わりはない。

 民主党の案ではどうなっているのか見てみたところ、社会保険庁改革についてはこのような内容になっている。

○社会保険庁を廃止し、国税庁に統合して「歳入庁」とする
○国税庁と社会保険庁の重複事務を合理化し、組織のスリム化、人員削減を進め、国民の負担を軽減して『コストの削減』
○国税庁の徴税のノウハウや情報を活用して、年金保険料を確実に徴収し『納付率向上』


 民主党案の方がまともだと思うが、現状ではきっと実現しない。厚生労働省は社会保険庁を手放したくないからだ。

 怠慢は職員だけの問題ではないのに、職員のせいにした挙句、見かけ倒しの民営化をして、おそらく現在の職員はそのまま新しい組織にスライドする。結局根本は変わっちゃいない。そういう、中身が無いスカスカの法案を、自民党は数の論理で通そうとしているわけだ。
 この与党案は信じてはならない内容だ。もしこんな案を多数決で強行採決して通すようなら、そんな与党も信じてはならないことになる。

 小泉さんはピノキオのようだったと思う。「郵政民営化なくして改革なし」というウソをついてどんどん鼻を伸ばした。安部さんはウソで伸びた小泉さんの鼻をそっくりそのままもらって自分の顔にくっつけて、まさに鼻高々だ。本当は自分の鼻じゃないのに。

 クジラに飲み込まれたピノキオは、ウソをついて長く伸びてしまった自分の鼻をへし折ってクジラの胃袋に突き刺し、ゼペット爺さんを助けた。ウソで伸びた鼻をへし折ることで我に返ったわけだ。
 安倍さんの鼻も、やっぱり一度へし折った方がいいんじゃないか。少しは我に返るかもしれない。

酢を克服した私

 今朝のはなまるのテーマは「酢」。こんなネタを平気でやれるようになったなんて信じられない。子供の頃からずっと酢が苦手だったからだ。

 もう全く更新していない自分のHP「アナ話」の日記に、昔こんなことを書いていた。

2001年2月3日(土)
「辛いもの」


 私は辛いものが苦手だ。世の中に激辛ブームなどというものが訪れた時には、度々辛い物を食べる羽目になって困った。どうでもいいが今「げきから」と入力して変換したらちゃんと変換された。それだけこの言葉は認知されているという事か。驚き。

 そんな私が、福岡のテレビ局に入社して福岡に住む事になった。行ってみて思ったのは、食事に占める唐辛子の割合が非常に高い事であった。スーパーにあるたらこは全て辛子明太子だし、うどんやそばならともかく牛丼や味噌汁や漬け物など、いろんなものに唐辛子をかける人が多い。実際ありとあらゆる所に唐辛子が置いてあるのだ。ただ焼肉屋で出てくるキムチは、辛いながらも東京のキムチより美味しいと思った。福岡は大陸に近い。やはり辛いもの文化の土地なのだと思った。
 周囲の人も例外無く辛い物好きであった。タイ料理を初めて食べたのも福岡である。トムヤムクンを食べた時の衝撃は忘れられない。何が楽しくてこんなに辛いものを食べるのか。辛いんだか痛いんだかわからないではないか。


 そんな辛い物体験を積むうちに、いつの間にか私の辛いものに対する耐久性が高くなった。最近ではタイしゃぶを食べに行ったり、韓国料理を食べに行ったりしている。昔ならばとても食べられなかったものだ。私の行きつけのしゃぶしゃぶ屋は辛いゴマだれがウリだ。
 今日も大学の先輩と、職安通りの韓国料理の店に行って、海鮮チゲを辛い辛いと言いながら食べた。ふと先輩の顔を見ると、汗がダラダラ出ている。私はといえば、辛い辛いと言いながらも顔色ひとつ変えずに食べていた。いつの間にか辛い物を克服していたといってもいいだろう。人生における経験値がひとつ上がったような気がする。


 …なんて偉そうに書いてはいるが、実は私は辛い物より酸っぱい物の方が苦手だ。梅干しや酢豚はいまだに食べられないし、酢の匂いを嗅ぐのも好きではない。こんな私が酸っぱい物を欲しがるとしたら、やはり経験を積むか、妊娠するしかない。後者はどう考えても有り得ないので、酸っぱい食べ物の経験を積むしか無いと思い、最近は積極的に食べてみるようにしている。いつか私にも酢が飲めるようになる日がくるのだろうか。別に来なくてもいいかそんな日。

 今から6年前、私は梅干しも酢豚も食べられなかったのだった。それが、2003年の6月、当時担当していた教育テレビの「暮らしQ&A」という番組で「梅干し」を取り上げることになり、食べないわけにもいかないのでオンエアの3週間前から食べるようにしたら食べられるようになった。
 そしてそのひと月後、同じ番組で「酢」を取り上げることになった。6年前の日記には「いつか私にも酢が飲めるようになる日がくるのだろうか」と書いてあるが、酢を飲ませられる日がやってきてしまった。しかも生放送で。その日の日記。

2003年7月18日

 梅干しは克服したが、基本的には酸っぱいものはまだそんなに得意ではないし酢のにおいも好きではない。そんな私に試練がやってきた。今日の「暮らしQ&A」は「酢」がテーマであった。


 本番前、酢が入った皿にかけてあったラップを外したら、スタジオじゅうに酢のにおいが立ち込めた。スタジオじゅう酢だらけなのだからそりゃあすごいにおいであった。むせ返るような空気の中で私は酢を飲むことになっていた。米酢、穀物酢、赤ワインビネガー、バルサミコ酢。どれも3倍に薄めてあるのだができればあんまり飲みたくない。

 しかし飲むのが私の役目だし、ただ飲めばいいというのではなくそれぞれの違いを描写しなければならない。覚悟をして、まず米酢を飲んだ。


くわー。

 酸っぱい。今、「酸っぱい時の顔」になっているな、と自分でもわかるぐらいに酸っぱかった。スタッフから笑いが起きた。教育テレビでスタッフから笑いが起こるなんてこの番組ぐらいであろう。次は穀物酢だ。

あ、酸っぱいけどさっきよりはマイルド。


 人間の舌とは恐ろしい。さっきの米酢でもう免疫ができているのか、これはそんなに酸っぱく感じなかった。次は赤ワインビネガー。

ワインの香りがする。酸っぱいワインという感じ。

 これも思ったほど酸っぱくなかった。しかし酸っぱいものを飲み続けているので私の声はひっくり返っているし、スタッフは笑いっぱなしだ。
 ふと「ここで予定時間」という紙が見えた。2分半の予定のコーナーだったがその時間が来てしまった。終わろうかと思ったが、予定ではバルサミコ酢も飲むことになっていた。


 押してるんだからここで終わっても良かったのだが、なんだかもう一つ飲んで欲しいような空気がスタジオに漂っていた。よし、だいぶ慣れてきたしバルサミコ酢も飲んでみよう。

うあああ。なんだこれは。濃厚に酸っぱい感じだ。

 スタジオじゅうの人を大笑いさせてコーナーは終了した。私は涙目になっていた。教育テレビで酢を飲んで泣いている人なんてどう考えても私だけであろう。1年分の酸っぱさを一気に体験したような思いだ。また酸っぱいもの経験値が上がった。
 でももういいです。うう。


 本番中、本当に泣きながら酢を飲み比べたのだが、その日を境にすっかり酢が平気になってしまった。ギョウザのタレにも酢を入れるし、ピクルスも食べるし、酢豚も平気だ。なんでまたあんなに酢が嫌いだったのか、もうよくわからない。

 ただ今回はひたすら家でお酢料理を作ったので、冷蔵庫の中にはピクルスやシシャモの南蛮漬けがあって、開けるたびに酸っぱい匂いがする。もうこの匂いは嫌いではないが、始終匂ってくるのもどんなものか。

 というわけで、何か苦手なものがある方は、仕事上どうしても克服しなければならない機会を作ってみてはいかがだろう。どんな機会か知らないが。

生放送中の地震

 局アナの頃もフリーになってからも、生放送の仕事が多い。たまたまかもしれないが、生の方が向いているというのもある。会社を辞めるときにスタッフが書いてくれたメッセージの中に「今泉さんといえば生に強い」と書いてあって、自分ではあまりピンとこなかったのだが、フリーになってあちこちの局でいろんな方と仕事をしてみたら自分でも生放送に向いていると思うようになった。

 生放送ということは、何があってもその場でなんとかしなければならない。だから、例えばもし放送中に地震があったら、ちゃんとそれに対応するコメントを言うつもりでいる。とはいっても、はなまるだったらそれは薬丸さんや局アナである海保ちゃんの役割だから、今はそれほど気にしているわけではない。自分が喋っているときに地震があったらそのつながりでしゃべるだろうけれど。

 そして実際、放送中に地震が起きたことは今まで無かったのだが、きょうのかつしかFMの最中に地震が起きた。
 もともとくだらない番組だが、ちょうどそのときは「りょんりょんの床の間」という、これまたくだらないコーナーをやっているところだった。村上りよんちゃんが今どき珍しいリチャード・クレイダーマンのアルバムをかけながら、最近の身の回りの出来事をただ話すだけなのだが、何度やっても話があっちこっちにいくのでわけがわからない。それが面白くて続けている。

 もともとわけがわからないのにいきなり地震が起きたので、りよんちゃんは一瞬真っ白になっていた。そして私の口からは「今地震が起きています。もし今、ガスの火がついていたら、揺れがある程度おさまってから注意して火を消してください」みたいなことが自然にするすると出た。震度2だからそれほどの揺れでもなかったものの、こういうことってそのつもりでいると慌てずにできるものだなーと我ながら思った。

 葛飾区近辺でしか聴けない放送なので、その後は情報をときどき補足しつつ普通にくだらない番組を続けた。「三人娘特集」とかいって中尾ミエ・伊東ゆかり・園まりの特集とか。土曜の昼下がりに三人娘って。

 いつ何が起こるかわからないから、起こるつもりでいるのって必要だと改めて考えた。いくらゆるくてくだらない番組でも、何かが起こる可能性は常にあるんだもんな。

アルケミストのこと

 「アルケミスト」のライブに行った。

 「アルケミスト」はヴォーカルのこんやしょうたろう君とピアノの井尻くんの2人のユニット。知り合ったのは私が会社を辞めてまだレギュラーの仕事が無かったころだから、かれこれもう10年近くになる。ひええ。

 出会ったころはお互いに、これから自分がどうなるのか全然わからない頃だったが、しばらくして私は「めざましテレビ」の仕事が決まり、アルケミストは事務所に入ってインディーズのCDを出した。以来お互いいろいろあったが、私はまだアナウンサーを続けていて、アルケミストも地道に野外のライブを続けてこないだメジャーデビューを果たした。それでSHIBUYA-AXなんていう大きなところでライブができるわけだ。

 2人のライブに行くのは久しぶりだった。2人ともいろんなことが上手になっていて、今までの2人の月日がちゃんと形になっているのを実感した。
 なんでも10年続けるってのは大変なことだし、10年あきらめたりやめたりしないで続けられるのは幸せなこと。

 メジャーデビューアルバム「ミズキリスタート」はアマゾンとかで買えるが、アマゾンでしょうちゃんたちのCDが買えるってことは日本中で買えるってことなので、日本中の皆さんよろしくお願いします。

金や権力の力で

 しかし「麗わしき鬼」はすごいな。久しぶりにドラマを見て声を出して大笑い。

 私はなんだか、金の力とか権力の力で何かをどうにかする、というのが生理的にダメらしい。安倍総理がハニカミ王子を官邸に呼んだ、みたいなこととかがダメ。

 同じようなことで、ドコモの新しいCMもなんだか苦手。かつて同業他社のCMに出ていた人を起用しているのが話題になっているが、そういうことじゃなくて、それぞれ一人でも十分にCMキャラクターになり得る(実際なっている)旬の人ばかりを、これでもかとばかりに集めていること。あれだけ集めたら契約料だけでも大変な額になるはずだから、儲かっている会社じゃなければとてもじゃないが作れないCMだ。

 残念なのは、もともとの個性が際立っている人ばかりなのに、数が多すぎるので全体としてまったくわからないCMになっていることだ。何かが新しいとか、進んでいるとかいうイメージを出したいのだと思うのだが、すでに売れている人ばかりなので新しくはないし、たくさん人が出てくるというスタイルも進んでいるわけではない。

 めったにない取り合わせということなら、蒼井優さんと土屋アンナさんだけでいいんじゃないか。十分に新鮮な感じだが。

 お金がかかっているCMにもかかっていないCMにも出たことがあるが、お金がかかっているから話題になるわけではない。広辞苑のCMなんて、13秒ほどずーっと私が映っているだけだった。同時期の他のCMに比べたら、お金も手間もかかっていないと思うが話題になった。無名のアナウンサーがCMに出ただけなのに雑誌やテレビから取材を受けたほどであった。

 お金は無いよりあるに越したことはないと思うのだが、あればなんでもうまくいくわけじゃないのが面白くて難しいところ。だから、お金をかけたゴールデンタイムのドラマよりも、少ない予算と大変な現場で作っている昼ドラの方が面白いというのはすばらしいことだ。って結局「麗わしき鬼」に話が戻っちゃうんだけど。

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