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2007年8月

お友達と会う

 青森に帰るとアナウンサーのお友達と飲むのが恒例になっている。お正月は各局キャスター大集合という状況になったが、今回はそれぞれの予定がバラバラだったのでバラバラに会った。高市くんには会えなかった。

 青森テレビの安藤あや菜ちゃんは現在夕方ニュースのキャスターをしているが、もう一つレギュラー番組がある。「いいでば!英語塾」という番組で、英語と津軽弁が勉強できるというものすごい内容だ。
 あや菜ちゃんはアメリカの大学でジャーナリズムを専攻していて英語が堪能だ。それを活かしてこの番組ができたわけだが、本人が「アメリカの大学に行ってアナウンサーになって、まさか『へなが』とか言うとは思いませんでした」と言うので笑ってしまった。そりゃそうだわなぁ。ちなみに「へなが」ってのは津軽弁で背中のことだが私は使ったことは無い。地域によっても違うし。

 HPで番組が観られるので時間のある方はどうぞ。ちなみにDVDも発売されて、週末はプロモーションイベントがあったりしてあや菜ちゃんは全然休みが無いそうだ。頑張れー。DVDは空港の売店でも売られていたが、県南地方からは1枚も注文が無かったとか。そりゃそうか。言葉違うもんね。

 きょうは同じ青森テレビの横田くんとごはんを食べたあと、青森放送の秋山さんと飲むことになっていたが、場所が以前横田くんも行ったことがある店だというので2人で一緒に行った。秋山さんはあなたお店のママですかというようなたたずまいで悠然と座っていて笑ってしまった。同期だけど私よりずっと貫禄がある。
 しばらくして「ズームイン」仲間の青山良平さんも合流して、他のお客さんが帰ったあとは大カラオケ大会になった。秋山さんは「本当は歌のおねえさんになりたかったの」というだけあってかなり歌が上手いが、歌のおねえさんじゃなくて演歌歌手のほうが絶対に似合っている。

 なんだかんだで4人で4時まで歌ってしまった。外に出たらうっすら明るくてビックリ。 

しっくりくるパチンコ台

 このところ青森に帰ると、母と寿司を食べ、その後なりゆきでパチンコに行き、やってみたかった台をやって大当り、ということが2度あった。

 今回は夕方に犬の散歩を済ませてから、小学校のときに隣のクラスだった板前さんがいる寿司屋に行くことにしたのだが、ちょっと早めに家を出てしまったのでなんとなくパチンコ屋に寄ってしまった。

 寿司を食べた後か前かという違いはあったが、自分の中でもっと違ったのは「やってみたい台かどうか」というところであった。必殺仕事人はこないださんざんやったし、新しいものとしては倖田來未さんの台があったが全然興味が無かった。結局仕事人をやったのだが、一度大当りが来ただけでダメだった。
 母が倖田さんの台を打っていたので隣で打ち始めた。リーチがかかるとプロモーションビデオが流れたり、倖田さんがどこかから脱出するようなCGが出たりするのだが、仕事人のあれやこれやの殺しのテクニックに比べるとちっとも面白くない。

 そんな調子でやっているから私は全然ダメで、お腹も空いたので残っていた母のひと箱を交換してから寿司に行った。うっかりパチンコで遅くなったのでカウンターがいっぱいであった。予約もしなかったから当たり前か。仕方が無いのでテーブル席で5貫ずつおまかせで持ってきてもらった。でもかえってゆっくり食べられたかもしれない。
 おまかせで10貫食べたあとは好きなものを追加で頼んだが、母がウニを2貫頼んだのには驚いた。さっき食べているから合計3貫だ。私もウニは好きだが母がこんなにウニ好きだとは知らなかった。

 ところで「倖田來未」と「パチンコ」ってとてもしっくりくるのだがどうだろう。しっくり、というのは例えばこういうことだ。もし宇多田ヒカルさんが今パチンコ台を出すと聞いたらどうだろう。ちょっとありえないと思わないだろうか。
 通常パチンコ台になるのは過去に流行った歌手が多い。代表は美空ひばりさんで、他にはピンクレディーとか、最近では島倉千代子さんとか中森明菜さんとか(どれもやったことがないけど)。どの方も、パチンコ台になったと聞いても違和感が無いのは、ピークが過去だったからだ。ただし今パチンコ台になれるというのは、今でも知名度があるからなのでそれはそれですごいことだけど。

 今絶好調の人がパチンコ台になるって、たぶん無かったと思う。倖田さんは落ち目なわけでも焦っているわけでもない。それなのに、パチンコ台になっても何の違和感も無いのだ。ある意味すごいな。ちょっと前だったら小柳ゆきさんも違和感が無かっただろう。小柳さんって確かデビュー前はドンキホーテでバイトしてたような。

 実現しないと思うが、あったらすごそうなパチンコ台を考えてみた。「CR中島みゆき」なんてどうだろう。よくわからないけどすごそう。大当りが来たら「地上の星」だ。なんか大当りしてるのにパチンコやってる自分に罪悪感を覚えそう。あとは「CR平井堅」とか。あの濃い顔が3つ揃ったら史上最高に濃いパチンコ台になるはずだ。

 そしてパチンコ屋に行って思うのは、「ぱちんこ冬のソナタ」がいかに偉大な台だったかということだ。ドラマもブームもとっくに終わっているのにいまだに置いてある。ドラマ並みにドラマ性があるのだ。
 あれに勝てるドラマといったら、やっぱり「ぱちんこ北の国から」しか無いのではないだろうか。「やるなら今しかねぇリーチ」とか、キタキツネが出たら激アツ! とかいろいろできそうな気がする。もちろん大当りの間はさだまさしさんのあの歌が流れるのだ。バックの映像は回想シーン。ああ大当りしているのに泣いてしまいそう。

 もちろん冗談なんだけど、あったらやりに行くけどなぁ。あ、念のため書いておくが私は青森に帰ったときぐらいしかパチンコをやらないし、実は全然詳しくないので、毎度毎度周囲を見渡しつつドキドキしながら打っているようなビギナーです。ほんとに。
 そしてこの話、パチンコやらない人にはさっぱりわからないな。まぁわからなくてもあなたの人生には何の支障も無いので別にいいです。

親と一緒に

 昨日の夜の飛行機で青森に帰ってきた。お盆に仕事が入ったのでずらして帰ることにしたのだが、ねぶた祭りに間に合わなかったのが残念。まぁおかげで飛行機は空いていたが。
 貯まったマイルを使ったのだが、お盆の期間は使えないのかと思ったらそうではなく、羽田を出発する日と羽田に到着する日で別々に使えない日が設定されていた。JRの繁忙期は一律に日付で設定されている。

 毎度のことだが、実家に帰ったからといってとりたててやることは無い。母に会いに帰っているから別にいいのだが、このところ寝不足だったのでついつい昼過ぎまで寝てしまった。起きるとごはんが出てくるのでそれを食べて、またゴロゴロしたりして。
 母は暑い暑いと言っていたが、東京に比べたらずっと涼しかった。庭にはトマトが実っていたが、完熟してから収穫しようと待っていたら鳥につつかれてしまうというのでネットで覆ってあった。

 ところで母は、仕事をやめて家事に専念するようになってから料理をちゃんとやるようになった。時間があるからだが、見ていると毎度毎度だしをとっているし、自分で昆布や煮干を挽いて粉だしを作ったりもしている。以前、天然素材の粉末だしをおみやげに持って帰ったことがあるのだが、それすらほとんど使っていなかった。冷凍庫にはいろいろストックがあるが冷凍食品は無い。私が子供の頃は冷凍のハンバーグとかコロッケとかが必ず入っていた。

 といっても凝ったものを作っているわけじゃない。みずのおひたしとか、庭で取れたささげの油炒めとか。ただ、だしをちゃんととってその分味付けが控えめになったので、全体として仕上がりが上品だ。私が子供だったら物足りないかもしれないが、それなりに歳をとったのでちょうどいい。

 昼過ぎ、ふと母が「肉じゃがってどうやって作るんだっけ?」と聞いてきた。もちろん作り方を知らないわけじゃない。私が以前作った肉じゃがを覚えていて、それが自分の作り方と違っていたのを覚えていたのだ。
 私のは、はなまるで堀江先生に教わった作り方だ。ちょうど「料理の常識」でもやっていたが、調味料を入れるタイミングがポイント。うちの母は酒、砂糖を入れたあとすぐにしょうゆを入れていたが、順番を守るだけじゃなく、ひとつの味が入ってから次の味を足す、という時間が必要なのだ。

 砂糖は分子量が大きくて味が入りにくいので最初に入れるが、その味が入るまでの時間、次の調味料を入れないこと。数分煮てからしょうゆを入れる。塩分はどんな味にも勝ってしまうので、味見をしながら足していくと失敗しない。最後にみりんで照りと追加の甘みを足す。みりんの甘みは最後でも入るから大丈夫。

 てなことを言いながら一緒に作った。作りながら、台所に何でもあることに気がついた。にんじんを切ろうとするとピーラーを出してくるし、アクを取ろうとするとアク取りと水を張ったボウルが出てくる。デジタルのはかりもあった。いつの間にこんなに料理道具が揃ったんだか。

 考えてみたら、親はずっと働いていたから、一緒に何かをした記憶があんまり無い。だから、歳をとってからでも、畑を作ったり犬の散歩をしたり、何かしら一緒にやれることがあるのはいい。思い出が無ければ今からでも作ればいいんだな。

やっちゃった

 前にも書いたことがあるような気がするが、私はどちらかというと失敗が少ないアナウンサーだ。もちろんまったく無いわけではない。ちょっとした失敗はするが、他人に話して笑ってもらえるほどの失敗はそんなに無い。

 フジテレビの益田由美さんが大好きだった。アナウンサー一人のNGでコーナーができる人なんてめったにいない。もちろんご本人は不本意だろうし、そのたびに反省なさったと思うのだけれど、正直言ってちょっとうらやましいのだ。どうやったらあんなに面白いことが起こるのか。歌いながらスキップしてきて最後ですっ転んで画面から消えるとか、孫悟空に扮して如意棒を回していたら最後に自分の頭を直撃するとか。

 前置きが長くなったが、今朝のはなまるで珍しく言い間違いをしてしまった。「料理の常識スペシャル」という内容だったのだが、スタジオで横に回転するボードを使うことになっていた。
 フリップを出すのは慣れているが回転するものは初めてで、しかもこのボードの動きが悪かった。半分まではよく回るのだがそこから先が回らない。なので、VTRのたびに回転を戻して、私は自分で回して自分で回転を止めなければならなかった。

 リハーサルでうまく動かなかったので、頭の片隅で「ちゃんと回さなきゃ」と思っていたのだが、本番の一発目ではうまく回った。回し終えたところで「まずは勘違いしやすい料理用語」と言うことになっていたが、回ったーと思った瞬間私の口からは「回転しやすい」という言葉が出てしまった。

 言ってから「あれ?」と思って言い直したがスタジオ大爆笑であった。しかも間違った理由がとてもわかりやすい。岡江さんは大笑いしながら「なるほどねー」と言っていた。スタッフも大ウケ。
 時間は限られているので、笑われつつも進行しなくてはならない。なんとなく話を戻して普通に進行していったが、途中で自分がおかしくなってしまい、笑いそうになるのをこらえていた。

 はなまるでは以前「ニーズとウォンツ」と言うべきところを「ニーズとウォンチュー」と言ってしまったことがある。その時も軽くウケて、薬丸さんに「あなたが欲しいじゃないんだから」と突っ込んでもらったっけ。まぁ笑ってもらえるような番組だから怒られないけれど。

 どうせやるなら、内容に関係無く人に迷惑をかけない範囲で、あとあとまで伝説に残るようなNGをドカンとやってみたいのだが、たぶん私の性格からすると難しいだろう。どうも、すっとこどっこいだがおっちょこちょいではないというか。

 私の知っている人の中では赤荻アナが結構おっちょこちょいだ。新人の頃から本番中にカメラの後ろで転んだりしていたが、はなまるでもちょこちょこと面白いことをしている。彼ならきっとドカンとやってくれるかもしれない。ってこんな期待しちゃ迷惑か。

衝撃のひまわり娘

 佐賀女子の優勝を見届けたあと、福岡に戻って同期の舘アナと、先輩のYさんと飲んだ。この2人はなんというか、お互いいくつになってもバカ話ができるバカ友だ。

 舘さんが予約してくれたのは、博多座という劇場があるビルのお店だったのだが、30分ほど早く着いたので近くの川端商店街を歩いてみた。商店街を抜けた先に櫛田神社、そしてキャナルシティという大きなショッピングモールがある。
 商店街の前には博多座と博多リバレインというビルがあって、どちらも私が福岡放送を辞めてから再開発で建ったビルだ。つぶれてしまった玉屋というデパートの跡もなにやら大きなビルに変わっていた。でもこの川端商店街は、昔ながらの空気を残している。ということはちょっと寂れているということでもあるが、キャナルシティが近づくにつれて新しいお店が増えていて、また人が戻っているようで嬉しかった。

 せっかくなので櫛田神社にお参りすることにした。毎年夏になると、博多祇園山笠の取材で必ず訪れたところだ。境内に入ったら、懐かしさがぶわーっと込み上げてきた。福岡には6年9か月住んでいたが、人生の中のとても大事な時期を過ごしたと改めて思った。福岡に来たから光岡先生に会えたし、数え切れないほどたくさんの人にお世話になって今の私がある。そう心から思えたので、福岡という土地に感謝する気持ちでお参りした。櫛田神社はそれにふさわしい場所だと思った。

 すがすがしい気持ちで待ち合わせの店に行ったら、のっけからバカ話全開で、さっきのすがすがしさはいったいどこへ行ったんだという状態になった。まぁこの2人だって福岡に来たおかげで会えたんだから嬉しいことだ。
 今流行りの個室が多い居酒屋なのだが、仕切りが壁ではなく格子なので、私たちのバカ話はまる聞こえだったかもしれない。ただでさえ声が通るのに。

 舘さんと私といえばカラオケだが、舘さんは早朝番組を担当しているため「もうお互い歳とったし、朝早いんだから無理しなくていいよ」と言った。すると舘さんは「きょうはダンナが仕事でいないから、昼間子供に映画見せて、実家に預けてきちゃって準備万端なの」と言うではないか。さすがお互い元FBSカラオケ隊。そういえば2年前に福岡に来たときもやはりカラオケに行くことになったのだが、翌朝早いはずの舘さんは声をかけてきたカラオケ屋のお兄さんに「機種は?」と尋ね、ジョイサウンドだというので断っていたっけ。

 適当に歌い始めたところで、ふと私が「阿久悠追悼カラオケにしよう」と言い出して、ピンクレディとか沢田研二の曲をみんなで歌い始めた。「勝手にしやがれ」は改めて歌ってみたら、ものすごく情けない男の歌だというのを再発見したり。
 「やっぱり阿久悠はいいねぇ」などと言いつつ、Yさんが伊藤咲子の「ひまわり娘」を歌い始めたときだった。なんと画面には当時の伊藤咲子の映像が流れたのであった。

 伊藤咲子のデビューはリアルタイムで見ているはずだが、今改めて見たら衝撃であった。いくら歌がうまいとはいえこれって。

 というわけで歌そっちのけで伊藤咲子に見入ってしまった。その後また阿久悠シリーズが続き、残り10分の連絡がきたところで、なんだかもう一度伊藤咲子が見たくなってしまった。試しに伊藤咲子の別の曲を入れてみたが、やはり「ひまわり娘」しか本人は出てこない。仕方がないのでもう一度入れて、歌わずに3人で大笑いした。終わったあと舘さんが「あー、写真撮っておけばよかった」と言ったのでそれもそうだということになり、再度「ひまわり娘」を入れて3人でそれぞれに写真を撮った。

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 衝撃の意味がおわかりいただけただろうか。それにしても「ひまわり娘」を3回って本当にバカラオケ。楽しかったー。

本当に良かった

 この土日は「川の学校」の去年の子供達のキャンプが行われていて、ものすごく行きたかったが断念した。佐賀までインターハイを観に行ったのだ。

 佐賀女子高校新体操部のことは何度も書いた。佐賀女子の団体の演技が好きで毎年インターハイを観に行っているが、今年は特別だった。もうずいぶん前から手帳に予定を書いてあった。
 「学校へ行こう」で佐賀女子が取り上げられた日、監督の光岡先生から電話をいただいた。練習をしていたのでまだ放送は見ていないけれど、いろんな人から電話やメールが来て、それでふと今泉さんのことを思い出したので、ということであった。その電話で、今年限りで監督を退くつもりだということ、最後の年は選手と一緒に過ごしたいから、地元開催のインターハイだけれど、事務的なことからは外してもらって監督業に専念させてもらうようにしたことなどを聞いた。

 数年前から、きっと佐賀総体までなのだろうと想像していたから驚かなかったが、その時に決めたのだ。光岡先生の最後のインターハイを絶対に観に行こうと。
 構成を担当している五明先生や、音楽の古川さんも同じ思いであった。お2人とも他のいろんな学校の構成や音楽を手がけているので佐賀だけを応援しているわけではないのだが、今年は特別。

 9時にホテルを出て会場の体育館に行ったら、駐車場が車で溢れかえっている。地元の人がたくさん観に来ていて、それほど広くない体育館は入場制限が行われるほどに混雑していた。
 そして応援席には、佐賀女子新体操部の卒業生が、世代を超えて集結していた。やはりみんな同じ思いなのだ。そして驚いたのは、佐賀に住んでいない卒業生までが「何か手伝うことはないか」と連絡をしてきて、かなりの人数が大会運営スタッフをやっていたことだ。これは光岡先生も本当に嬉しそうだった。

 光岡先生は私にまでちゃんと「大会役員」というパスを用意してくれて、おかげで関係者席で観ることができた。一番目の演技の長崎女子の監督は、佐賀女子出身の古賀先生だ。緊張する順番だがノーミスで終えたので拍手。
 ちなみに私は佐賀の応援をしているが、だからといって他の学校にミスをしろなどとは思っていない。みんな頑張って練習してきたのだから、悔いの無い演技をして欲しいと心から思っている。

 まだ今年の佐賀女子の作品を観ていなかったので、途中で抜けて練習会場に顔を出した。光岡先生は私の顔を見ると、車に戻って何かを持ってきた。佐賀総体の記念の文鎮と、応援するためにOGが作ったお揃いのTシャツであった。今日が試合だというのにいつもこうして気を遣ってくださる。
 今年の作品は、すごい大技があるというよりも、難しいことが次から次へと、という内容であった。技と技の間の密度が濃いので、ミスなく決めたら高得点が出るだろうが、裏を返せばどこでミスをしてもおかしくないということだ。実際、九州大会では練習でもやらなかったようなミスが出て3位になっている。

 九州大会後に入った1年生のメンバーが、もうなんだかいっぱいいっぱいなのが見てわかった。当日の練習なのに、フープを取り損ねたりクラブを落としたり。どちらも場外に出てしまった。これが試合だったらもう優勝は無い。よく浅田真央ちゃんが「ノーミスして」と言っているが(日本語として微妙だが)ノーミスで演技をやるのは本当に難しいことだ。
 それでも先生は怒鳴ったりしない。「ここまで来たらあとは選手がやるだけだから、誰でもいいから監督代わってもらいたい」などと言いながら、コーチの横川先生と笑っている。ただ、選手の様子はちゃんと見ていて、必要なときには声をかける。

 お昼になったので練習会場を後にして体育館へと戻る。いない間に去年の優勝チーム、大分の別府鶴見丘の演技が終わっていたが、ミスが出たそうで得点は低かった。優勝するのも大変だが、優勝を続けるのも大変。

 午後になって、兵庫の宝塚北、愛知の名古屋女子大附属、東京の藤村女子とノーミスの演技が続いた。毎年、東京女子体育大学新体操部の発表会の司会をしているのだが、宝塚北と藤村の監督は学生時代から知っているので不思議な感じ。「ええもう監督なの!?」というような。

 そして43番目に佐賀女子の出番がやってきた。会場のあちこちに、紫のTシャツを着た卒業生の姿が見える。私と古川さんも、さっき光岡先生にいただいたそのTシャツを着て応援した。学校名がコールされて選手がフロアに入ると、卒業生に加えて一般の観客からも大歓声と大拍手が起こった。これが地元の大会の重圧。いつも通りやろうと思っても、周囲の状況が異常なのだ。

 やはり緊張していただろう。動きがちょっとだけ小さかったり、投げがほんのちょっと足りなかったりしたが、よく見て動かず手具を取り、なんとかミスを出さずにこらえていた。投げたフープをそのままくぐる技や、受け取ったフープを即座に違う方向に投げたり、前から来たフープを肩ではじいて後ろに飛ばすといったコントロールが難しい交換も次々に決まっていった。
 後半、曲のテンポが速くなると、曲が聞こえないほどの拍手が会場を包んだ。最後の最後まで難しい交換が続いていたが、全ての技を決めてノーミスで演技を終えた。

 フロアに整列した時点で選手全員が泣いていた。どれだけの重圧だったことか。そして光岡先生も泣いていた。観客席の卒業生も。

 その佐賀女子の演技に続いて、男子の佐賀代表、神崎清明の演技が始まった。難しい内容を、高さと迫力で演じきりこちらもノーミス。ちょっと他の学校とは空気が違うという感じで、場内は大盛り上がりであった。佐賀女子の得点は、それまで1位の藤村女子に1.3もの大差をつけて15.575。まだ3チーム残っているが優勝は間違いない。
 光岡先生に会いに行こうとロビーへ出たところで、男の子が写った写真を持った喪服姿の女性が、泣き崩れながら選手控え室へと入っていった。先月19日、神崎清明3年生の部員が練習帰りに交通事故で亡くなったのだそうだ。レギュラーではなかったが、生徒会長もつとめていてチームには欠かせない存在だったという。
 さっきの演技の凄さの理由がわかった。他のチームとは違う思いで演技をしていたのだ。本当にひとつになって演技をしていた。

 古川さんと一緒に控え室に行ったら、先生も選手も取材陣に囲まれていた。しばらく待っていようと思ったが、私達の顔を見つけた光岡先生と横川先生はすぐに駆け寄ってきた。私達も駆け寄りがっちり握手をした。「本当に良かった」しか言えなかった。もうそのひと言に尽きる。ノーミスで優勝できて、本当に良かった。

 結果は男女ともに佐賀が優勝ということで、光岡先生にも佐賀県の関係者の皆さんにもこれ以上無い結果になった。五明先生や古川さんと、何度も何度も「いやー良かった」「ほんとに良かった」と言い合いながら帰ってきた。今でも思う。本当に良かった。

のしあがっちゃるけん

 先日六本木に行ったとき、駅に大きな加藤ローサさんのポスターが貼ってあって「女帝」と書いてあった。ドラマの宣伝ポスターだったのだが、どう考えても夜の世界の話だし、主役が加藤ローサさんというのは合わないんじゃないかと思ってそれっきりだった。

 きょうたまたま見たのだが、予想外に面白かった。清楚な中に秘めた闘志、みたいなものが加藤ローサさんから漂っている。文句無くキレイだし。あんな人がいたらそりゃ指名しちゃうわなぁ。

 ただストーリーはそんなにドロドロしていない。というか、中島丈博さん脚本の昼ドラに比べたらずっと普通。比べる対象が間違っているのか。
 そして中島さん脚本の昼ドラといえば、加藤ローサさん演じる彩香の大阪でのライバルが「牡丹と薔薇」出身の小沢真珠さん。そして銀座でのライバルになるっぽいのが「麗わしき鬼」出身の金子さやかさんだ。中島さんで鍛えられているから、2人にとってはこの程度のドロドロなんてどうってことないだろう。

 「牡丹と薔薇」出身、って言われてもあまり嬉しくないか。まぁ来週も見てみよう。のしあがっちゃるけん。

大きな穴

 選挙が終わった。私はずっと、安倍さんが今のままで思い通りに「美しい国」なんてものを作るのはまっぴらごめんだという話を、具体例を挙げてずっと書いてきた。誰が読んでくれたか知らないが。

 しかしまぁ、結果は私の予想以上であった。こないだ「参議院の選挙だから与党が負けても政権は交代しない。だから安倍さんは余裕なのだと思うが、だったら参議院が青木さんの言うとおりになったら面白いんじゃないか」と書いたがここまで嫌われるとは。そして予想といえば、まだ最終結果が出ていないのに続投宣言をした安倍さんも予想通りであった。やはり以前こう書いた。

「苦労知らずでお坊ちゃまだけれどプライドは高くて人の話は聞かない。総理大臣だからなんでもやれると思っていて、自分が周りからどう思われているか、周りに信頼されるためにはどうすればいいかなど考えも及ばない。国民のためといいながら大多数の国民の生活などおよそ想像もつかない」

 自分で書いておいて言うのもなんだが、これってまったくその通りじゃないか? こういう人だからこの選挙結果なのに「私の国づくりを進める」とか言えるのだ。「反省すべき点は反省して」とか。反省してないじゃん。

 もう穴に落ちているのに落ちたことには気付いていなくて、穴の底にまた大きな穴を掘ろうとしている。墓穴を掘る、というが、今回掘った穴は墓穴としてはもう十分な大きさの穴だと思う。たくさんの人が穴に落ちたではないか。
 あ、そうか。これからさらにいろんな人を道連れにするから、もっと大きな穴を掘るのか。おい誰かスコップ取り上げろよ。

スナックいまちゃん

 原宿と下北沢に「CUNE」というゆるいアパレルブランドの店がある。服のデザインがゆるくて店の立地その他もゆるくてついでに社長も社員もみんなゆるい。

 そのゆるさゆえに飲み仲間になったのだが、そのCUNEのかずみちゃんはじめ7月生まれのスタッフの合同誕生会をやるというのでおじゃました。というか、一応私も7月生まれなので「一緒に祝って~!」と頼んだのであった。
 夜9時スタートだったので、その前に下北沢のチャカティカでさんちゃん一家とごはん。三軒茶屋にあったときには行ったことがあったが、下北沢に移転してからは初めてだった。暑かったからここのごはんはちょうど良かった。

 さんちゃんの息子は相変わらず元気に愛嬌を振りまいていたが、隣のお客さんの8ヶ月の息子さんがとってもかわいくて、みんなで順番に抱っこして癒された。誰に抱かれてもちっとも泣かないのだ。

 そんなこんなでCUNEバーへ(バーもやっている)。せいぜい10人入ったらいっぱい、というカウンターのみの店なのに、結局20人近くが入ったのでものすごく暑かった。途中で私も居場所が無いのでカウンターの中に入り、目の前にグラスがあったので洗い物をしながら話をしたり、酒の注文を聞いたりしていた。でもなんとなくバーというよりスナックという感じになってしまったので、私の前だけ「じゃあここはスナック」ということにしてスナックのママっぽい会話をして遊んだ。

 同棲しているという女性に「アンタ彼のこと好きなんじゃないの? だったら早いとこ籍入れちゃいなさいよ」と言ってみたり。もちろん籍を入れるかどうかはどうでもよくて、ただそういうママっぽい返事をして遊んでいただけなんだけど。

 そういえば福岡にいた頃も、よく中洲のスナックのカウンターに入ってはチイママごっこをやっていたものだった。普通、客に中に入られちゃイヤだと思うが、ママもお客さんもちっとも違和感が無いと言うのだ。一応テレビ出てんのに。

 最近社会派ブログのようになっているが、私の普段なんて所詮こんなもの。それにしてもやはり基本が接客体質だなぁ。お店やろうかな。開店資金ゼロだけど。

ターニングポイント

 織田信成選手が酒気帯び運転で違反切符を交付された問題。

 酒気帯びでミニバイクに乗ってはいけないが、このことが検問でわかったというのは、織田選手にとってはありがたいことだったと思う。もし、他の誰かにぶつかって体を傷つけていたら。もしくは、自分で転んで自分の体を傷つけていたら。どっちにしてもスケートを続けられなかったかもしれない。

 事情はいろいろあっただろうが、酒気帯び運転で検問に引っかかったことで大々的に報道されるような選手になっているのだから、言い訳のしようが無い。そして実際言い訳をせずすぐに謝った。それしか無いと思う。

 どういう処分が出るのかわからないが、少なくともスケートは続けられるだろう。そして織田選手にとってはこれがターニングポイントになると思う。自分がどういう気持ちでスケートを続けていくのかを考えざるを得ないからだ。

 数ヶ月練習を休んでも、グランプリシリーズに出られなくても、スケートは続けられる。私はグランプリシリーズに出られなくてもいいと思っている。もちろん新しいプログラムを見られないのはとても残念だ。ただ、選手生命が終わるわけじゃない。全日本に出て、3位以内に入れば世界選手権には出場できるだろう。他の選手が世界で戦っている間、今までに無かったくらいにスケートに打ち込んでひたすら練習するのは悪いことじゃない。出られなくなってわかることだってあるはずだ。

 織田選手は今まで、選手生活だけじゃなく、大学生活も、プライベートも全部大事にして頑張ってきた。でも、選手としてもう一段上に行きたいと本人が思ったなら、全部を満足させるのはきっと無理だ。今まではやれてきた。でも今後は、プライベートが制限される。今までのようにはいかない。

 でも、スケートは続けられる。このことを織田選手自身がどう考えるのか。私にはわからないが、個人的には今回のことは、織田選手にとってダメージだとは思っていない。ひと皮剥けるための試練というか。
 他人事なのでこんなことが書けるが、本人は辛くて仕方無いだろう。でも、スケートを取り上げられたわけじゃない。私たちはまた彼のスケートを見ることができる。だったら、じっと待っていようと思う。

「自己責任」のうそっぱち

 どうしても安倍さんの「美しい国へ」を買いたくないのだけれど、命に関する発言が本当にあったのか気になっていたので「美しい国へ 命」で検索してみたら山ほど出てきた。1冊の本のその部分を引用してブログを書いている人がたくさんいる。つまり、違和感を覚える人が多いということだ。

 複数読んで同じ記述だったからおそらく間違いは無いだろう。実際はこういう内容のようだ。

たしかに自分の命は大切なものである。しかし、ときにはそれをなげうっても守るべき価値が存在するのだ、ということを考えたことがあるだろうか

 社民党の福島さんがブログで書いていたのはこうだった。

確かに人の命は、大事だ。しかし、その命を国家のために投げ出すことは大事である

 故意に意訳したというよりは、わざわざ原本にあたらずに記憶で書いたのだろう。字面だけを読むと違うが、内容はほぼこんなことだからまぁ良しとする。もちろん本来はその通り引用すべき。

 本の中では、鹿児島県の知覧から出撃した特攻隊員の日記の話の流れで出てきた言葉のようだ。「人」というぼんやりした存在ではなく「自分」とより明確にして「たしかに大切なもの」と言っている。

 「人の命」と「自分の命」は、同じようだが全然違う。「人の命」というのは一般的な人間の生命ということだからものすごくぼんやりしている。それを「確かに大事だ」と書いたならそれはバカだと思った。当たり前だから。
 「たしかに自分の命は大切なものである」は、もっとバカだと思う。どこかの人ではなく、自分の命について「たしかに大切なものである」って、当たり前にも程がある。その「自分の命」を「なげうってでも守る価値が存在するのだ」というのは、一般論ではなく個人の問題として「あなた個人の命をなげうってでも守る価値がある」と言っていることになる。つまり、命をなげうつ責任を個人に押し付けているのだ。

 言い換えると、国のために「命令されて」命をなげうつのと、「あなたの意志で」命をなげうつ、の違い。国のために命をなげうつ点では同じで、結局は命令されているのも同じ。でも、明確に命令するのではなく「あなたの意志でやるのですよ」と言われる方が悪質だと思う。

 小泉さんが総理大臣になって以来よく耳にする「自己責任」という言葉を思い出した。この言葉はものすごく都合良く使われているので、うっかり「そうだね自分のことは自分の責任だね」と思わないで欲しい。自分のことは自分で責任を持つのはもとから当たり前だ。でも最近は、本来国なり行政なりが責任を持つところが「自己責任」の名のもとにおざなりになっている。

 年金の問題なんてまさにそうだ。「自分で申請しない限り間違いは正されない」という前提があった上に「間違いだと認めずデータの不備も認めない」という状態が続いてきた。でも、ちゃんと払った年金保険料のデータを管理し、間違いがあったら正すのは国の責任だ。申請しなければ調べないなんてバカげている。

 私がいちばん心配しているのは、郵政民営化にともなって郵便局が投資信託を販売できるようになったこと。田舎のおじいちゃんおばあちゃんに、リスクをちゃんと説明せずに売るというケースが出てくるはずだ。
 投資信託は貯蓄ではないから、運用が失敗したら資産が減るどころか無くなることも普通にある。民営化に伴って職員には営業ノルマが課せられる(今でも営業目標はあるのだ)から、しょうがなく売ることもあるだろう。

 完全に民営化した後にお年寄りから苦情が来たら「資産管理は自己責任」と絶対に言うはずだ。今だって銀行はそういうスタンスで投資信託を売っている。

 これのどこが美しい国なのかさっぱりわからない。誰も信用できない、誰もあてにならない国のどこが美しいのか。ノルマさえ達成すれば、営業成績さえ上げれば人をだましてもいい国のなにが美しいのか。

枝豆王子登場

 世の中いろんな王子が人気だが、きょうは「枝豆王子」とロケであった。枝豆という言葉に王子がくっつくとは思っていなかった。

 王子の正体は児島啓介さんというミュージシャン。4年前、ものすごくお腹が空いていて居酒屋に行く途中、ふっと「ゆでかげん しおかげん パーフェクト」という歌詞がメロディーとともに頭の中に浮かんだのだとか。
 そのまま居酒屋に行き、友人に「こんな歌ができたんだけど」と言ったら、目の前にあった枝豆を指差され「それって枝豆の歌じゃないの?」と言われてなるほどと思ったのだそうだ。確かに子供の頃から枝豆が大好き。

 それで枝豆を知る旅に出たり、イベントで枝豆の歌を歌っているうちに「エダマメマン」とか「枝豆王子」と呼ばれるようになったのだとか。今ではミュージシャン活動のかたわら、幼稚園などで枝豆のことを伝える食育活動なども行い、区民農園の一角で自ら枝豆も育てている。人生ってわからないものだなぁ。

 ところで今回は、王子の食育活動を取材するため、八王子市の小学校の学童保育におじゃました。学童保育というのは、放課後学校の施設を使って、小学生を預かること。おじゃましたところでは、ある会社のスタッフが担当していた。

 相手が先生じゃないということもあるのだろうけれど、子供達がそれぞれに話を全然聞いていなかったり、自分がその時やりたいことばかりをやったりするのを見て驚いた。授業中こういう状態だったら「学級崩壊」というのだろう。
 私が子供の頃も、先生の言うことを聞かない子供はいた。いわゆる「落ち着きのない子供」だ。でも、せいぜいクラスに2~3人ぐらいだった。その学童保育のクラスは、6~7割がその「落ち着きがない」状態。教室に入れと言っても入らない、座れと言っても座らない、前を向けと言っても向かない、静かにと言ってもずっと喋っている、そういう状態だ。

 私が「こども放送局」での仕事でわかったのは、相手が子供でも本当のことを言うべきだということだ。だから、教室に入らない子供には「教室に入らないと枝豆が出せないから始められないんだけどなー」と言い、カメラに向かって手を振る子供には「手を振らない人のほうがたくさん映るよ」と言い、枝豆を渡したのに先に渡したプラムを食べている子供には「プラムを食べても別にいいけど、きょうは枝豆の取材だから枝豆を食べている人が映るよ」と言った。全部本当のことだ。そして実際、ただ「教室に入ってー」とか「手を振らないでー」と言うよりちゃんと聞いてくれる。

 「こども放送局」で毎回言うのは、ワイヤレスマイクをつけたときに「そのマイクはどうしても触ったりフーッと息を吹きかけたくなるけれど、もしそれで壊れたら、マイクはとても高いので、お父さんやお母さんが泣きます」ということだ。これは最後がウソ。たとえ子供がマイクを壊してもご両親に請求はしない。でもマイクが高価なのは本当だからそう伝える。すると子供は子供なりに絶対にマイクには触らないものだ。

 この子達はこれから「美しい国を作るため、命を国のために投げ出すことは大事です」とか教わることになるのだろうか。たぶん、そんなつまらない道徳の授業は、子供達の方が聞かないんじゃないかな。だって美しい国という意味がさっぱりわからないだろうから。わからない上につまらないという子供の方が普通で健全なんじゃないか。

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